本態性振戦
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概要
本態性振戦(Essential Tremor, ET)は、意図して手や頭を動かす時、あるいは姿勢を保つ時に現れる規則的なふるえを主徴とする神経疾患です。加齢とともに頻度が上がり、家族内集積がみられることが多い一方で、単一の原因が特定されていない「症候群」と捉えられています。パーキンソン病の安静時振戦とは異なり、動作時に強まることが典型です。
日常生活では、コップを持つ、字を書く、箸を使う、化粧をする、電話を持つといった動作で支障が出やすく、社会生活や職業上の不便、羞恥心、疲労や不安の増悪など、生活の質に大きな影響を及ぼします。軽症例から重症例まで幅が広く、経過も徐々に進行する例が一般的ですが、個人差があります。
診断は臨床診断が基本で、神経学的診察での振戦の性状(周波数、出現条件、左右差、関与する身体部位)や、他の神経症状の有無を総合して行います。血液検査や画像検査は、甲状腺機能亢進症や薬剤性振戦などの鑑別のために用いられ、特異的なバイオマーカーは確立していません。
治療は、症状による困りごと(書字、飲食、対人場面など)を的確に把握し、必要に応じて生活工夫、薬物療法(プロプラノロール、プリミドンなど)、注射療法(ボツリヌス毒素:特に頭部・声の振戦)、外科治療(視床Vim核を標的とした脳深部刺激療法や集束超音波焼灼術)を段階的に組み合わせます。
参考文献
症状と経過
最も多いのは手の振戦で、姿勢保持(腕を前に伸ばす)や動作時(コップを口に運ぶ、字を書く)に目立ちます。頭部(うなずき型、左右型)、声帯(震える声)、下顎、体幹、脚に及ぶこともあります。ストレス、緊張、疲労、カフェイン、交感神経刺激薬などで増悪し、少量のアルコールで一時的に軽減することがありますが、依存リスクがあるため治療目的の常用は推奨されません。
進行はゆるやかで、年単位で振幅が徐々に増す傾向があります。重症化すると飲食のこぼし、ボタン掛けや細かな作業の困難、対人不安の増悪による社会参加の制限などが生じ、うつや不安障害を併発することもあります。認知機能への直接的影響は限定的とされますが、注意や実行機能の軽度低下を報告する研究もあります。
小児から高齢者まで幅広い年齢で発症しうるものの、ピークは青年期と高齢期の二峰性とする報告があります。家族歴を有する「家族性」症例は若年から発症しやすい傾向がありますが、家族歴のない孤発例も少なくありません。
身体診察では、振戦の周波数はおおむね4–12Hzの範囲で、規則的な動作時振戦が主体です。他の神経症状(錐体路徴候、明らかな小脳失調、パーキンソニズムなど)が前景に立つ場合は、ET以外の疾患(小脳疾患、薬剤性、ジストニア関連振戦、パーキンソン病など)を疑い、鑑別を進めます。
参考文献
発生機序(病態)
現在の主流は小脳ネットワークの機能異常仮説です。特にプルキンエ細胞の変性や樹状突起の異常、プルキンエ細胞軸索の膨大(トーピード)増加など、小脳皮質‐視床‐皮質回路の微細構造・機能の変調が示唆されています。古典的な下オリーブ核ペースメーカー仮説は支持が弱まりつつあります。
機能画像研究では、小脳や視床、補足運動野の過活動や結合性変化が示され、ガンマアミノ酪酸(GABA)作動性抑制の低下が振戦出現に関与する可能性が示唆されています。アルコールが一時的に振戦を軽減する現象も、GABA作動性の増強と整合的です。
遺伝学研究では、ETは単一遺伝子疾患ではなく、複数の共通変異の集積や稀な機能喪失変異がリスクに寄与する多因子性疾患と考えられています。LINGO1/2、STK32B、SLC1A2などのGWASリスク座位、まれにFUSやTENM4などの稀少変異が報告されていますが、再現性や効果量にはばらつきがあります。
環境因子の関与として、鉛などの金属、β-カルボリン(ハルマン類)などの神経毒性物質への曝露や、甲状腺機能異常、薬剤(交感神経刺激薬、リチウム、バルプロ酸など)による増悪が指摘されています。ただし因果関係の確立には限界があり、個別評価が必要です。
参考文献
- Nature Reviews Neurology: Essential tremor—emerging views of a common disorder
- Movement Disorders: GWAS and genetics of essential tremor
診断と検査
診断は、病歴聴取と神経診察に基づく臨床診断です。発症年齢、家族歴、増悪・軽減因子、関与部位、日常生活での困りごとを丁寧に聴取します。神経診察では姿勢保持、指鼻試験、アーチメデスの渦巻き描画、書字や線引きなどで振戦の性状を可視化します。
検査室的評価として、加速度計やトレモログラフを用いた振戦周波数・振幅の定量、音声振戦の声帯ストロボスコピー、頭部振戦のビデオ解析などを補助的に用いることがあります。甲状腺機能検査、血糖、薬物血中濃度などは鑑別に役立ちます。
国際的には2018年のMDS国際トレモール分類委員会のコンセンサスが参照され、典型的な動作時・姿勢時振戦を中核に、他の神経学的徴候が目立たないことを確認します。症候学的に不一致な所見があれば、ジストニア関連振戦、機能性振戦、パーキンソン病などを再考します。
画像検査は本症に特異的な所見に乏しいものの、MRIでの明らかな小脳病変の除外、ドーパミントランスポーターSPECT(DAT-SPECT)でパーキンソン病との鑑別を行うことがあります。ETでは一般にDAT低下はみられません。
参考文献
- Tremor and Other Hyperkinetic Movements: TETRAS scale
- MDS Consensus Statement on Tremor Classification (2018)
治療
生活工夫として、軽量カップや両手持ちマグ、滑り止めマット、書字補助具、重り付きのカトラリー、仕事や会議での代替手段(音声入力、太いペン)などが有用です。誘発因子(過度のカフェイン、睡眠不足、強いストレス、振戦を増悪させる薬剤)の把握と調整も重要です。
薬物療法の第一選択はプロプラノロールとプリミドンで、単剤または併用で約半数の患者に有効です。代替薬としてトピラマート、ガバペンチン、アテノロール、クロナゼパムなどが用いられることがあります。頭頸部や声の振戦にはボツリヌス毒素注射が選択肢となります。
外科治療は薬剤抵抗性の重症例で検討します。脳深部刺激療法(DBS)は視床Vim核に電極を留置し、可逆的・調整可能な刺激で振戦を抑制します。片側から開始し、両側化は構音障害・運動失調のリスクとバランスをとって判断します。
近年、定位MRIガイド下集束超音波(MRgFUS)視床破壊術が、開頭を要しない治療として有効性を示しました。無作為化試験で、片側治療により反対側の上肢振戦が有意に改善し、効果は持続すると報告されています。ただし感覚異常や失調などの有害事象に留意します。
参考文献

