朝の胃の動き
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概要
「朝の胃の動き」は、夜間の空腹期(絶食期)から起床後・朝食摂取へ移行するタイミングに起こる胃の運動(胃運動・胃排出)をさします。疾患名ではなく、生理的に誰にでも起こる現象ですが、機能性ディスペプシアや胃不全麻痺(ガストロパレシス)などの疾患があると、朝に症状が目立つことがあります。
夜間は空腹期の運動パターンである移動性運動複合(MMC)が周期的に出現し、胃や小腸を清掃するように収縮が起こります。起床や朝食摂取を契機に、胃は受け入れ(胃適応)と混和・排出の「食後期」運動に切り替わります。
この切り替えには自律神経(迷走神経・交感神経)や、モチリン、グレリン、セロトニン、メラトニンなどの消化管ホルモン・神経伝達物質、さらに体内時計(概日リズム)の影響が関与します。
一方で、睡眠不足、時差・交代勤務、ストレス、朝の高脂肪食、薬剤(GLP-1受容体作動薬、オピオイド、抗コリン薬など)といった環境因子は、朝の胃排出を遅らせたり、むかつき・胃もたれを自覚しやすくしたりします。
参考文献
- StatPearls: Physiology, Migrating Motor Complex
- Circadian clocks and the gut (Review)
- Effects of Coffee on the Gastrointestinal Tract (Nutrients)
発生機序(生理学)
移動性運動複合(MMC)は空腹期に胃・小腸でみられる収縮の周期で、Phase I(静止)→Phase II(不規則収縮)→Phase III(規則的強収縮)→Phase IV(移行)を繰り返し、残渣や細菌のクリアランスに寄与します。夜間はMMCが優位で、明け方にPhase IIIが出ることもあります。
朝食を摂ると、胃は近位部の弛緩(胃適応)で内容物を受け入れ、遠位部でのポンプ様収縮により混合と空腸への排出が進みます。排出速度はカロリーや脂肪量、浸透圧、粘度、粒子径などに左右され、脂肪の多い朝食は排出を遅らせます。
神経・内分泌の制御では、迷走神経の入力、腸管内分泌細胞からのモチリン(MMC誘発)、グレリン(空腹シグナルと運動促進)、セロトニン(5-HT3/4経路)、メラトニン受容体の関与が示唆されます。概日リズムは中枢(視交叉上核)と末梢時計が連携し、腸平滑筋や間質細胞の機能に日内変動を与えると考えられています。
起床時の覚醒・光曝露は中枢時計を強め、自律神経のバランスや副腎皮質ホルモンの日内リズム(コルチゾールの朝ピーク)を通じて胃運動に波及する可能性があります。コルチゾール自体の直接作用は限定的ですが、ストレス反応による交感神経優位は一般に胃運動を抑制します。
参考文献
- StatPearls: Physiology, Migrating Motor Complex
- Role of circadian rhythms in gastrointestinal and liver physiology
- Ghrelin and motility (Review)
症状と関連疾患
健康な方でも、朝は軽い空腹感や胃の収縮感(いわゆる「胃の鳴り」)を感じることがあります。病的な場合は、朝のむかつき、胃もたれ、早期飽満感、心窩部痛、げっぷ、時に嘔吐が目立ちます。
機能性ディスペプシア(FD)は内視鏡で明らかな器質的異常がないのに、慢性的な食後不快感や早期飽満感、心窩部痛・灼熱感を示す疾患で、朝に症状が強い人もいます。Rome基準に基づく診断と、除外診断が基本です。
胃不全麻痺(ガストロパレシス)は胃排出遅延により、吐き気・嘔吐、腹部膨満、食後不快感が続く病態で、糖尿病や術後、薬剤性などが原因になります。朝の空腹時や起床直後に吐き気を訴える例も珍しくありません。
逆流性食道炎や機能性胸やけ、夜間逆流の影響で、起床時の胸焼け・酸っぱい逆流が目立つこともあります。これらは胃運動だけでなく下部食道括約筋機能や胃酸分泌も関与するため、鑑別が重要です。
参考文献
- ACG and CAG Clinical Guideline: Management of Dyspepsia
- ACG Clinical Guideline: Gastroparesis (2022)
- NIDDK: Gastroparesis
影響する環境要因
睡眠不足や概日リズムの乱れ(交代勤務・時差ボケ)は、胃腸症状の増悪や胃排出の変化と関連します。夜間の食事や不規則な食事時間は、朝の胃の受け入れ・排出の切り替えを乱しやすくなります。
食事内容では、脂肪が多い朝食、粘度の高い食事、短時間に大量の摂取は胃排出を遅らせます。温かい水分や低脂肪・低繊維の少量から始めると楽に感じる人が多いです。カフェインは胃酸分泌や腸管運動に影響しますが、個人差が大きく、胃もたれを悪化させる人もいます。
薬剤では、GLP-1受容体作動薬(体重・糖尿病治療)は用量依存的に胃排出を遅くし、吐き気を起こすことがあります。オピオイド、抗コリン薬、カルシウム拮抗薬、カンナビノイドなども遅延の原因になり得ます。
感染後機能性障害、ピロリ感染、心理的ストレス・不安、喫煙・飲酒も朝の不快感に関与します。喫煙は固形物の胃排出を遅らせる報告があり、禁煙が症状軽減に有効な場合があります。
参考文献
- Effects of Coffee on the Gastrointestinal Tract (Nutrients)
- Clinical consequences of delayed gastric emptying with GLP-1 RAs
- Cigarette smoking and gastric emptying of solids
検査と診断
朝の症状が軽度で一過性なら経過観察でよいこともありますが、体重減少、吐血・黒色便、嚥下障害、進行する嘔吐、貧血、家族歴(胃がん)などの赤旗症状があれば、早めの受診が必要です。
器質的疾患の除外には上部消化管内視鏡検査が有用で、必要に応じてピロリ検査や血液検査を行います。機能性ディスペプシアの診断はRome基準に沿って行われます。
胃運動の客観評価には、胃排出シンチグラフィ、13C呼気試験(日本で普及)、ワイヤレスカプセル、まれに前庭-十二指腸マノメトリーが用いられます。
日誌(症状・食事・睡眠)や服薬歴の整理は、誘因の同定に有用です。逆流症状が目立てばpHインピーダンス検査が適応になることもあります。
参考文献
- ACG and CAG Clinical Guideline: Management of Dyspepsia
- Guidelines for gastric emptying scintigraphy
- 13C breath tests for gastric emptying
治療とセルフケア
生活面では、規則正しい睡眠・起床、朝は温かい水分や少量の低脂肪食から始め、ゆっくり咀嚼する、食後すぐ横にならない、軽い体動を取り入れる、といった工夫が有効です。
薬物療法は原因に応じて選択します。機能性ディスペプシアではアコチアミド、モサプリド、イトプリドなどの消化管運動改善薬、胃酸関連症状にはPPI/H2RA、吐き気にはドンペリドンやメトクロプラミド(錐体外路症状に注意)が用いられます。
胃不全麻痺では少量頻回食、脂肪・繊維制限、短期的なエリスロマイシン、難治例では内視鏡的ボツリヌス療法や胃電気刺激療法が検討されます。薬剤性が疑われれば減量・中止を主治医と相談します。
ストレス関連の増悪には、心理療法(認知行動療法)やマインドフルネス、軽い運動が役立ちます。重症例や赤旗症状がある場合は、自己判断せず専門医に相談してください。
参考文献

