慢性歯周炎
目次
定義と概要
慢性歯周炎は、歯を支える歯周組織(歯肉、歯根膜、歯槽骨など)に慢性的な炎症が起こり、徐々に組織が破壊されていく疾患です。多くは痛みが少なく進行するため気づきにくく、出血や口臭、歯の動揺などをきっかけに発見されます。長期化すると歯を失う主因となり、生活の質や全身の健康にも影響を及ぼします。
発症には歯垢(プラーク)由来の細菌叢の異常(ディスバイオシス)と、宿主(人)の免疫炎症反応の過剰や破綻が関わります。歯磨き不足だけが原因ではなく、喫煙や糖尿病、ストレス、社会的要因など複合的なリスクが重なりやすいことが知られています。
慢性歯周炎は世界的に非常に一般的で、特に中高年で増加します。重度の歯周炎は世界人口の約1割前後に認められると報告され、全ての歯周炎(軽度〜重度)を含めれば成人の相当数が影響を受けています。日本でも年齢とともにポケットのある人の割合が高くなります。
歯周炎は単なる「口の病気」にとどまりません。最近の研究では、未治療の歯周炎が血糖コントロールの悪化、心血管疾患リスクの上昇、早産・低体重児出産との関連など、全身との双方向の関係を持つことが示されています。適切な予防と治療は口腔だけでなく全身の健康維持に寄与します。
参考文献
- Papapanou et al. Periodontitis. Nat Rev Dis Primers (2018)
- WHO Oral health fact sheet
- Kassebaum et al. Global burden of severe periodontitis. J Dent Res (2014)
病因・発生機序
慢性歯周炎は、歯面に付着する多様な微生物の集合体(バイオフィルム)が成熟し、病的な細菌叢へと変化することから始まります。キーとなる病原体にはPorphyromonas gingivalisなどが挙げられますが、単一菌ではなく多菌種の相互作用(ポリマイクロビアル・シナジー)が重要です。
病原性の高いバイオフィルムは、歯肉上皮の防御を突破しやすくし、パターン認識受容体(TLRなど)を介して宿主の自然免疫を強く活性化します。この結果、サイトカインやケモカインの放出、破骨細胞活性化、マトリックス分解酵素の増加が起こり、結合組織や歯槽骨の吸収が進行します。
実際の組織破壊は細菌の直接作用というより、過剰で制御不十分な宿主炎症反応によって生じます。喫煙や高血糖などの全身状態は、この炎症反応の閾値や持続時間を変化させ、同じプラーク量でも組織破壊の程度を増悪させることがわかっています。
さらに、ディスバイオシスは局所だけでなく、全身炎症の軽度な亢進(低度炎症)に寄与し、動脈硬化など他疾患の病態にも影響します。これらの知見は、歯周治療でバイオフィルムを減らすだけでなく、宿主応答を調整する治療(ホストモジュレーション)が有用であることを支持します。
参考文献
- Hajishengallis & Lamont. Polymicrobial synergy and dysbiosis in periodontitis. Nat Rev Microbiol (2012)
- Kinane et al. Pathogenesis of periodontitis. Periodontol 2000 (2017)
- Papapanou et al. Periodontitis. Nat Rev Dis Primers (2018)
兆候と診断
慢性歯周炎の初期は自覚症状に乏しいことが多く、歯磨き時の出血(BOP)や歯肉の腫れ、口臭の増加が唯一のヒントになることがあります。進行すると歯肉退縮、知覚過敏、噛みにくさ、歯の動揺、噛み合わせの変化、膿の排出などが生じます。痛みは急性増悪時以外は目立たないのが一般的です。
診断は、歯周ポケット検査(プロービングデプス)、アタッチメントロスの測定、出血の有無(BOP)、動揺度の評価、エックス線での歯槽骨吸収の確認を組み合わせて行います。全顎的な記録と経時的な比較が重視されます。
国際的にはステージ・グレード分類が用いられ、組織破壊の重症度・複雑性(ステージ)と進行速度やリスク(グレード)を評価します。喫煙や糖尿病はグレード判定に反映され、治療計画や予後説明に役立ちます。
セルフチェックとして、磨いたときに出血が続く、歯間ブラシが血で染まる、歯が長く見える、口臭が強いと感じる場合は、早めに歯科検診を受けることが推奨されます。早期発見により、非外科的治療のみでの安定化が期待できます。
参考文献
- Tonetti et al. Staging and grading of periodontitis. J Clin Periodontol (2018)
- AAP/CDC case definitions
- EFP S3-level clinical practice guideline for periodontitis stage I–III (2020)
リスク因子(遺伝・環境)
慢性歯周炎は多因子疾患で、遺伝的素因と環境・行動要因が重なり合って発症・進行します。双生児研究からは、歯周組織破壊のばらつきの一部に遺伝要素が関与することが示され、遺伝率は概ね30〜50%程度と推定されています。ただし個人への予測力は限定的です。
遺伝的多型として、IL-1遺伝子クラスター、Fcγ受容体、VDR(ビタミンD受容体)、MMPsなどが候補として報告されています。最近のゲノムワイド関連解析では効果量は小さく、生活習慣や全身疾患の影響の方が臨床的には大きいと考えられています。
環境・行動要因では、喫煙が最も強力な修飾因子の一つで、非喫煙者に比べて発症リスクと進行速度が著しく高くなります。糖尿病、特にコントロール不良(高HbA1c)は歯周炎を悪化させ、逆に歯周治療が血糖改善に寄与することも示されています。
その他、口腔清掃不良、ストレス、低栄養、肥満、低い社会経済状況、乾燥口(薬剤性含む)、歯列不正や不適合修復物など局所因子がリスクになります。複数の因子が累積すると、同じプラーク量でも破壊が加速します。
参考文献
- Michalowicz et al. Evidence of a substantial genetic basis for risk of adult periodontitis. J Periodontol (2000)
- Divaris. Genome-wide association studies of periodontal disease: a field synopsis. J Dent Res (2012)
- Chapple et al. Periodontal health and disease: consensus report. J Clin Periodontol (2018)
治療と予防
治療の基本は、患者さん自身によるプラークコントロールの改善と、歯科医療者によるスケーリング・ルートプレーニング(SRP)です。局所麻酔下で歯根表面の歯石やバイオフィルムを除去し、炎症を鎮静化します。重症例や特定部位では外科的アプローチや再生療法が必要になることがあります。
補助療法として、禁煙支援、糖尿病の血糖管理、咬合調整、不適合補綴物の是正、噛み合わせの安定化などのリスクコントロールが重要です。薬物療法は選択的に用いられ、重度・反応不良例でアモキシシリン+メトロニダゾールなどの全身抗菌薬、あるいは低用量ドキシサイクリンによるホストモジュレーションが検討されます。
治療後の歯周管理(サポーティブペリオドンタルセラピー:SPT)が長期予後を左右します。個々のリスクに応じて3〜6か月ごとにプロフェッショナルケアを継続し、プラーク付着の再増加やポケットの再深在化を早期に是正します。
予防では、毎日の丁寧なブラッシング(フッ化物配合歯磨剤)と歯間清掃(フロス・歯間ブラシ)、禁煙、規則正しい受診が柱です。全身疾患の管理、栄養や睡眠、ストレス軽減も口腔の炎症制御に寄与します。
参考文献
- EFP S3 clinical practice guideline for periodontitis stage I–III (2020)
- AAP Best Evidence Consensus on systemic antibiotics in periodontics (2019)
- Tonetti & Sanz. Implementation of preventive measures and SPT. J Clin Periodontol (2020)
疫学と公衆衛生
重度歯周炎は世界で10%前後の成人にみられ、歯の喪失と障害調整生存年(YLD)に大きく寄与します。軽度から中等度を含めると成人の相当数が影響を受け、加齢とともに有病率が上がるのが特徴です。社会経済的格差が大きい地域ほど重症化の割合が高い傾向が示されています。
日本では、厚生労働省の歯科疾患実態調査により、4mm以上の歯周ポケットを有する人の割合が年齢とともに増えることが繰り返し示されています。定期検診や住民健診に歯周疾患検診を組み込む自治体も増えており、一次・二次予防の両輪が重要です。
歯周炎は医療費や社会コストにも影響します。未治療の歯周炎は補綴治療の需要増、糖尿病等の併存症悪化による医療支出増につながる可能性があります。費用対効果の高い介入として、禁煙支援とスケーリングの定期実施が挙げられます。
公衆衛生的には、教育啓発、アクセス改善、保険制度によるカバー、就労世代・高齢者を対象にした歯周病検診の充実などが求められます。学際連携により口腔と全身のヘルスケアを統合することが、将来的な疾病負担の軽減に資するでしょう。
参考文献

