悪酔いしやすさ
目次
定義と概念
「悪酔いしやすさ」は、同じ飲酒量でも吐き気、頭痛、動悸、顔面紅潮、倦怠感、攻撃的・抑うつ気分など不快な急性反応や翌日の二日酔い症状が出やすい体質・傾向を指す用語である。単なる飲酒量の問題ではなく、アルコール代謝速度やアセトアルデヒド処理能力、睡眠や脱水、混合飲酒、併用薬など多因子が関与する。日常的には「お酒に弱い」「悪酔いする」と表現されるが、医学的には急性アルコール感受性とハングオーバー感受性が重なる表現である。
悪酔いには、飲酒直後に起きる急性反応(顔の赤み、動悸、めまい、吐き気)と、翌日に現れる二日酔い(頭痛、口渇、疲労、集中力低下)がある。前者は主にアセトアルデヒド上昇が、後者は炎症・睡眠障害・脱水・低血糖・不純物(コンジナー)などが関与する。
社会的・安全面の影響も無視できない。悪酔いしやすい人は少量でも運転能力が低下しやすく、対人トラブルや転倒・外傷リスクが高まる。自覚し対応することは本人と周囲の安全に寄与する。
悪酔いしやすさは病名ではないが、背景にALDH2不活性など遺伝的アルコール不耐が潜むことがある。この体質は特に東アジアで一般的で、少量飲酒でも高アセトアルデヒド暴露となる。
参考文献
生物学的背景
エタノールは肝や胃でADH(アルコール脱水素酵素)によりアセトアルデヒドへ酸化され、続いてALDH(アルデヒド脱水素酵素)により酢酸へ解毒される。ALDH2活性が低いとアセトアルデヒドが蓄積し、顔面紅潮、吐き気、動悸、血圧低下などの悪酔い様症状が出やすい。
ADH1Bの高活性変異はエタノールを速くアセトアルデヒドに変えるため、飲酒初期にアセトアルデヒド濃度が急上昇し不快症状が増える。一方でALDH2が十分に働けばアセトアルデヒドは速やかに除去され、悪酔いの程度は軽減する。両遺伝子の組合せが個人差を規定する重要因子である。
二日酔いは単に毒性物質の蓄積だけでなく、睡眠の断片化、炎症性サイトカイン上昇、脱水・電解質変化、低血糖、アデノシン・グルタミン反跳、コンジナー(色の濃い酒に多い)など多様な機序が寄与する。
薬物相互作用も関与する。メトロニダゾールや一部のスルホニル尿素薬、ジスルフィラムはアセトアルデヒド分解を阻害し、少量飲酒でも激しい悪酔い反応(ジスルフィラム様反応)を引き起こすため注意が必要である。
参考文献
遺伝と環境の寄与
双生児・家族研究は、アルコール関連形質の多くに中等度の遺伝的影響があることを示す。アルコール使用障害の遺伝率は約半分と推定され、急性の反応性やハングオーバー感受性も遺伝的背景と環境が重なって規定される。
東アジア人に多いALDH2*2(rs671)保有者は、少量でもアセトアルデヒド暴露が高く悪酔いしやすい。一方で同じ遺伝型でも体格、性別、飲酒速度、食事、睡眠、ストレス、コンジナー含有量など環境要因により症状は大きく変動する。
遺伝と環境の相互作用も重要で、例えばALDH2不活性の人が空腹で急飲し濃色酒を選ぶと、遺伝的感受性が環境によって一層強く表面化する。逆に、食事と水分摂取、ペース配分、十分な睡眠で症状を軽減しうる。
したがって悪酔いしやすさは固定的な「運命」ではなく、遺伝的素因の上に環境や行動が重なって現れる表現型と理解できる。
参考文献
- Heritability of alcohol use disorders (Verhulst et al. 2015)
- The genetics of alcohol metabolism (Edenberg 2007)
主要な関連遺伝子と変異
ALDH2(rs671 Glu504Lys)は東アジアに多い不活性変異で、アセトアルデヒド分解能を著しく低下させる。ヘテロ接合でも活性低下があり、飲酒時の紅潮や悪酔いが出やすい。長期飲酒では食道癌などのリスク上昇が報告されている。
ADH1B(rs1229984 Arg48His)の高活性型はエタノールを素早くアセトアルデヒドへ変換するため、飲酒初期の不快感や悪酔いを強めることがある。ADH1Cの多型も代謝速度に影響する。
これらの代謝酵素遺伝子に加え、炎症や神経シグナルに関与する候補遺伝子が二日酔いの個人差に関与する可能性が示唆されるが、効果量は小さく再現性に課題がある。
遺伝子検査は体質理解の一助になるが、医療的判断や安全な飲酒行動に優先すべきではない。ALDH2不活性を薬で「隠す」目的のH2ブロッカー使用は、アセトアルデヒド暴露を減らさないため推奨されない。
参考文献
- ALDH2 and alcohol flushing (Chen et al. 2014)
- ADH/ALDH variants and alcohol metabolism (Edenberg 2007)
対策と公衆衛生上の含意
飲酒前に食事をとり、水と交互に飲む、ゆっくり飲む、色の濃い酒や混飲を避ける、十分な睡眠を確保することが悪酔い軽減に役立つ。体調不良時や脱水時は飲酒を控える。
ALDH2不活性者は少量でも悪酔いしやすく、がんリスクも高まるため「無理して慣らす」ことは避ける。反復する強い悪酔いや失神、動悸は医療機関で相談する。
職場・学校などでの飲酒強要を避ける文化づくりも重要である。体質に配慮した選択肢(ノンアルコールやソフトドリンク)を用意し、飲まない権利を尊重する。
悪酔いしやすさの正しい理解は、個人の健康被害や事故を減らし、医療費や労働損失の抑制にもつながる。公衆衛生メッセージとしての価値は高い。
参考文献

