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急性腎障害

目次

定義と分類

急性腎障害(Acute Kidney Injury: AKI)は、数時間から数日という短期間に腎機能が急速に低下する病態を指します。血清クレアチニン値の上昇や尿量の減少を指標として診断され、適切な治療が遅れると体液・電解質の恒常性が破綻し、生命に関わる合併症や長期的な慢性腎臓病(CKD)への進展を招く可能性があります。病院入院患者や集中治療患者で頻度が高く、臨床現場での早期認識が非常に重要です。AKIは単独で生じることもあれば、敗血症や心血管イベントなど全身疾患の一部として発生することもあります。

国際的にはKDIGO(Kidney Disease: Improving Global Outcomes)の診断基準が広く用いられており、過去7日以内の血清クレアチニンの増加、48時間以内の急激な増加、あるいは尿量の0.5 mL/kg/時未満が6時間以上持続する、などで定義されます。これらの基準は多様な医療現場での統一的な評価を可能にし、疫学研究や質改善活動に大きく寄与してきました。ステージ1から3までの重症度分類は、治療介入の判断や予後予測にも役立ちます。

AKIは単なる腎機能の一時的低下ではなく、患者の短期死亡率や入院期間の延長、医療費の増大と深く関連しています。さらに退院後も腎機能の完全な回復が得られない場合が少なくなく、CKDや末期腎不全のリスク上昇と関連します。このため入院中だけでなく、退院後のフォローアップも重要で、一次医療と専門医療の連携が鍵となります。

AKIの理解は過去十数年で大きく進歩しましたが、それでも臨床で確立した腎保護薬は乏しく、主たる戦略は予防と支持療法です。標準化された定義に基づく早期発見、リスク評価、原因是正、合併症管理、そして必要時の腎代替療法導入という流れが、現在のベストプラクティスの骨格を成しています。

参考文献

原因と危険因子

AKIの原因は多岐にわたり、大きく前腎性(腎前性)、腎性、腎後性に分類されます。前腎性は循環血液量の低下や血圧低下による腎灌流不足、腎性は急性尿細管壊死や間質性腎炎、糸球体障害など腎実質の障害、腎後性は尿路閉塞に起因します。しばしば複数の機序が重なっており、基礎疾患や侵襲的治療、薬剤曝露など臨床状況が背景にあります。

主要な危険因子としては、高齢、慢性腎臓病や糖尿病などの基礎疾患、敗血症、心不全、主要手術(特に心臓手術)、造影剤やアミノグリコシド・バンコマイシン・シスプラチンなど腎毒性薬剤の使用、脱水や重度の出血などが挙げられます。ICUでは敗血症関連AKIが突出して多く、病勢の変化が速いため継続的なモニタリングが不可欠です。

環境・臨床曝露の管理はAKI予防の中です。例えば造影検査前の等張液補液、ショック時の早期蘇生と目標指向型血行動態管理、腎毒性薬剤の用量調整や併用回避、NSAIDsの不要な服用の抑制などです。こうした介入は発症率や重症化を低減しうることが示唆されています。

遺伝的素因も研究されていますが、臨床的に確立した遺伝子検査は限られます。候補としてAPOL1やHMOX1、UMODなどが報告されていますが、効果量は小さく再現性に課題もあります。現時点では患者個別の遺伝リスクより、可変な危険因子の同定と修正がより実践的で効果的です。

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症状と合併症

AKIは初期に自覚症状が乏しいことが多く、しばしば検査値の変化で発見されます。進行すると尿量減少(乏尿・無尿)、浮腫、呼吸困難、倦怠感、悪心・嘔吐などが出現します。高カリウム血症や代謝性アシドーシスが進行すると致死的不整脈や意識障害を来すことがあり、緊急対応が必要です。

合併症には体液過剰、電解質異常(高カリウム・低ナトリウム等)、酸塩基平衡異常、尿毒症、感染リスク増大、薬剤の体内動態変化などが含まれます。これらは相互に悪循環を形成しうるため、並行して多面的に管理することが求められます。

高齢者や基礎疾患を有する患者では、軽度の腎機能低下でも臓器予備能の低さから臨床症状が顕在化しやすい傾向があります。したがって、些細な尿量変化や体重増加、息切れなどを見逃さない観察が重要です。

AKIを契機に慢性腎臓病へ進展するリスクが上昇することが多数の研究で示されています。退院後の腎機能モニタリング、薬剤の再調整、生活習慣の見直し、必要に応じた腎臓専門医のフォローアップが推奨されます。

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診断とバイオマーカー

診断の基本は血清クレアチニンの推移と尿量のモニタリングです。基礎値との比較が重要で、電子カルテから過去の値を参照することが望まれます。尿検査(沈渣、蛋白・血尿)、電解質、酸塩基平衡、腎エコーなどで鑑別を進めます。尿中顆粒円柱やFENa(尿中ナトリウム分画排泄率)などは病態把握の助けになりますが、臨床文脈との統合解釈が不可欠です。

近年、腎尿細管の細胞周期停止に関連するTIMP-2とIGFBP7などの新規バイオマーカーが注目されています。これらはAKIの早期リスク層別化に有用とされ、特にICU領域での補助的指標として活用が模索されています。ただし、陽性であっても治療が直ちに変わるわけではなく、包括的な管理の一部として位置づけられます。

画像診断では、腎後性(閉塞性)AKIの鑑別に腎・膀胱エコーが有用です。水腎症の有無や腎サイズ、腎皮質のエコー輝度などから慢性変化の合併も推測できます。必要に応じて造影を伴わないCTが選択されますが、造影剤の使用はリスクとベネフィットを慎重に天秤にかける必要があります。

重症患者では連続的な尿量測定、入出量バランス、バイタルサイン、乳酸値などを統合して腎灌流の適正を評価します。電子アラートや早期警戒スコアの導入は、AKIの見逃し防止と早期介入につながる可能性があります。

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治療と予防

AKI治療の基本は原因の是正と支持療法です。適切な補液で循環血液量を回復させ、ショックには昇圧薬を併用します。腎毒性薬剤は可能な限り回避または用量調整し、電解質異常や酸塩基異常を是正します。利尿薬は体液過剰の管理に用いられますが、腎機能回復を加速する目的では推奨されません。

腎代替療法(血液透析・持続的腎代替療法)は、 refractorな高カリウム血症、重度のアシドーシス、尿毒症症状、肺水腫などの緊急適応で導入されます。開始時期については研究が進んでいますが、臨床的な緊急適応を重視したタイムリーな導入が推奨されます。

予防では、造影検査前の等張液での補液、周術期の目標指向型輸液、敗血症での早期抗菌薬投与と蘇生、バランス型晶質液の選択などが有用とされます。近年の研究では0.9%生理食塩水よりバランス型晶質液で腎イベントが減少する可能性が示唆されています。

退院後は腎機能の再評価、薬剤の腎機能に応じた再調整、生活習慣(十分な水分摂取、NSAIDsの安易な使用回避、感染予防)を含む包括的なケアが重要です。ハイリスク患者では早期の腎臓専門医フォローアップが再入院や長期予後の改善に寄与します。

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