平均動脈圧
目次
定義と基本概念
平均動脈圧(MAP: mean arterial pressure)は、心周期全体を通じて血管内にかかる圧の時間平均で、臓器に血液が流れ込む推進力を示します。臨床ではSBP(収縮期血圧)とDBP(拡張期血圧)から近似的にMAP ≈ DBP + 1/3(SBP−DBP) または (SBP + 2×DBP)/3 が用いられます。
この近似は心拍数が60〜80/分程度で拡張期の占める比率が大きい通常の循環に当てはまります。頻脈や重症ショックなどで心周期の時間配分が変わると誤差が拡大し、動脈圧波形の時間積分がより正確になります。
MAPは単なる平均値ではなく、末梢抵抗(全末梢血管抵抗)と心拍出量の積に相当し、血流の基礎方程式である Ohmの法則(流量=圧差/抵抗)の循環器系への適用で理解できます。したがってMAPの理解は血行動態全体の理解に直結します。
腎、脳、冠循環などの重要臓器は一定範囲の灌流圧で自己調節を行いますが、MAPが下がり過ぎると自己調節が破綻して虚血に陥ります。反対に高すぎるMAPは血管内皮障害や長期的な臓器障害のリスクとなります。
参考文献
測定法と数理的背景
非侵襲的なオシロメトリ法ではカフ圧の変動に伴う動脈容積の微小変化(振動)から血圧を推定します。一般に振動振幅が最大となる点がMAPに相当し、SBPとDBPは経験的なアルゴリズムで推定されます。
侵襲的動脈ライン(A-line)では圧トランスデューサで連続的に波形を記録し、その波形を1心拍で時間平均することで真のMAPを算出します。これにより頻脈や不整脈下でも精度が高まります。
理論的にはMAPは1心拍周期Tにおける動脈圧P(t)の時間平均、すなわち(1/T)∫0→T P(t) dtで定義されます。波形の歪み、ダンピング、共振などの測定系の特性はMAP推定に影響を与えるため、適切な動線固定とゼロ点校正が必要です。
連続非侵襲モニタ(容積クランプ法、トノメトリ等)もありますが、ゴールドスタンダードはなおA-lineです。ベッドサイドではオシロメトリのMAPが最も信頼できる値とされることが多い点も実務上重要です。
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正常域と臨床的解釈
安静時の成人ではMAPは概ね70〜100 mmHgが生理的範囲とされます。個人差はありますが、この範囲内では多くの臓器で自己調節が働き、安定した灌流が維持されます。
集中治療では敗血症性ショックなどで初期目標としてMAP≥65 mmHgが推奨されます。これは腎や脳の灌流を最低限維持する経験的・試験的知見に基づいています。
高MAPはしばしば高血圧の反映であり、長期的に脳卒中、心不全、腎障害のリスク上昇と関連します。短期的には急性臓器障害がなければ直ちに危険とは限らない一方、慢性的上昇は厳密な管理が必要です。
低MAPは出血、脱水、敗血症、心原性ショックなどを示唆し、意識障害、乏尿、四肢冷感などの臨床所見と併せ緊急評価が必要になります。状況に応じて補液、血管作動薬、止血や感染源コントロールが行われます。
参考文献
遺伝と環境の寄与
血圧の遺伝率は双生児・家系研究で概ね30〜50%と推定され、MAPも同程度と考えられます。すなわち残りの50〜70%は食塩摂取、体重、運動、アルコール、ストレス、睡眠、薬剤などの環境・生活要因が担います。
近年の大規模ゲノム研究では数百の遺伝子座が血圧に関与することが示され、平滑筋機能、腎ナトリウム輸送、血管内皮シグナルなどを介した多因子性が支持されています。
しかし遺伝子の効果量は個別には小さく、環境介入(減塩、体重管理、運動)がMAPの改善に有効であることは多数の臨床試験で確認されています。
従って個人レベルでは遺伝素因を背景にしつつも、生活習慣の最適化がMAP管理の第一選択となります。高リスク例では薬物療法を併用し、総合的に臓器保護を図ります。
参考文献
臨床での目標と対応
敗血症性ショックでは初期蘇生でMAP≥65 mmHgを目標にノルエピネフリンが第一選択の昇圧薬として推奨され、反応に応じて輸液や副次薬を追加します。慢性高血圧ではMAPの是正を通じて臓器保護を図ります。
高MAP(高血圧)に対する第一選択は生活習慣介入(減塩、運動、節酒、体重減少)で、リスクに応じてACE阻害薬、ARB、カルシウム拮抗薬、サイアザイドなどを選択します。
低MAPでは原因同定が最優先です。出血なら止血と輸血、感染なら抗菌薬とソースコントロール、心機能低下なら強心薬や機械的循環補助などを考慮します。
外来一般診療では家庭血圧や24時間自由行動下血圧(ABPM)を活用し、MAPも含めた血行動態の全体像と臓器標的の有無で治療強度を決めます。
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