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左脳のヘシュル回の灰白質の容積(H1とH2を含む)

目次

解剖と形態

ヘシュル回(Heschl’s gyrus、横側頭回)は側頭葉上面の側頭平面に位置し、ヒトの一次聴覚野の大部分を内包します。脳回は一次感覚皮質に特有の顆粒層をもつ新皮質で、灰白質は神経細胞体と樹状突起が密な層から構成されます。左半球でも形態の個人差が大きく、前後方向に短い厚みのある隆起として認められます。

ヘシュル回は単一の隆起(H1)だけでなく、部分的または完全な二重化が生じ、第2ヘシュル回(H2)が出現することがあります。H1/H2という表記は最前方の主隆起をH1、そこから後方に重複した隆起をH2とする記述が一般的です。この重複の有無は灰白質の総体積や皮質面積の推定に直接影響します。

灰白質容積は局所の皮質厚と表面積の積に近く、測定では白質境界と脳表境界の精度が重要です。T1強調MRIに基づく自動分節で灰白質を抽出し、解剖学的パーセルに割り当てることでヘシュル回の体積推定が可能になります。手動トレースや確率地図の重ね合わせを併用することもあります。

ヘシュル回は外側の上側頭回や後方の平面部(プラヌム・テンポラーレ)と連続し、言語野の側性化とあわせて議論されます。左では音韻・時間処理に関与するネットワークとの接続が強いとされますが、形態的左右差や重複パターンの頻度は集団によって異なります。

参考文献

機能と役割

ヘシュル回には一次聴覚野のとなる領域があり、音の周波数に応じたトノトピー(地図状の配列)が示されます。微細な時間分解能が求められる音韻処理や、音高・ハーモニーなどの要素処理の基盤として機能します。ヒトでは学習や経験により可塑的な変化も生じます。

左半球のヘシュル回は、言語の音素や音節の識別など時間的に速い情報処理に強い寄与を示すとされます。一方、右半球は音高やスペクトル的情報への感受性が高いとされますが、いずれも厳密には機能が重複し協調して働きます。

音楽家や音声専門家の研究では、ヘシュル回の灰白質容積や形態が成績や熟達度と相関することが報告されています。経験依存的な神経可塑性が灰白質に反映され、長期訓練で形態指標が変化しうる点が示されています。

聴覚入力の変化や障害もヘシュル回に影響します。たとえば感音難聴や耳鳴では聴覚皮質で灰白質の厚みや体積、トノトピーの変化が報告され、症状や認知機能との関連が検討されています。

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計測法と解析

ヘシュル回の灰白質容積は主にT1強調MRIを用いた自動分節で推定します。代表的なパイプラインであるFreeSurferは灰白質・白質の境界を再構成し、皮質厚と表面積から領域体積を算出します。計測の再現性確保には撮像条件と前処理の標準化が不可欠です。

ボクセルベース形態解析(VBM)は空間正規化後の灰白質濃度や体積をボクセル単位で比較する統計手法です。群間差の探索に適しますが、領域境界の解剖学的一致性や平滑化の影響に配慮が必要です。

表面ベース法では、皮質の折り畳みを2次元表面に展開し、厚みと面積を独立に扱えます。Destrieuxなどの解剖学的パーセレーションを用いればヘシュル回やH1/H2に相当する領域を半自動で抽出できます。

一次聴覚野に近いサブフィールドを意識する場合、Morosanらの細胞構築に基づく確率地図(JuBrain/Anatomy Toolbox)を標準空間に重ねてROIを定義します。方法間の系統差を理解し、品質管理を徹底することが実務上の要点です。

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遺伝と環境

双生児研究と大規模遺伝学的解析により、皮質の表面積や厚み、体積には中等度から高い遺伝率があることが示されています。側頭皮質の多くの領域はおよそ40〜70%の遺伝率が報告され、残余は共有・非共有の環境要因と誤差が占めます。

ヘシュル回に特化した厳密な遺伝率推定は少ないものの、聴覚皮質に含まれる計測は前述の範囲に収まると推定されます。測定法やパーセル、年齢層により推定が揺れるため、手法依存性への注意が必要です。

環境要因としては、音楽訓練や二言語使用、職業的な音声・音響曝露、慢性の聴覚障害などが灰白質の可塑的変化に寄与し得ます。発達期の豊かな聴覚経験は形態と機能の成熟に影響します。

発達と加齢も重要です。思春期以降は皮質厚が徐々に減少し、成人後は加齢に伴う灰白質体積の縮小が進みます。正常加齢の影響を取り除くため、年齢補正と頭蓋内容量補正を併用することが推奨されます。

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臨床的意義

ヘシュル回灰白質の減少や形態変化は、感音難聴や耳鳴、発達性言語障害、統合失調症、自閉スペクトラムなどで報告があります。ただし、単独の体積値のみで診断はできず、症状・機能検査・他の画像所見と総合して評価します。

耳鳴では一次聴覚野や関連ネットワークの灰白質変化が示され、症状の重症度との関連が検討されています。難聴では聴覚皮質の再編や代償が生じ、灰白質厚や体積の領域特異的変化が観察されることがあります。

臨床での運用では、測定の再現性確認、頭蓋内容量と年齢・性別補正、左右差やH1/H2形態の考慮、さらに機能的MRIや聴力検査との統合が重要です。集団ベースの基準に基づくzスコア解釈が有用です。

介入としては、基礎疾患への対応(補聴器や人工内耳、聴覚リハビリ)、認知・言語訓練、必要に応じた心理的支援などが検討されます。形態指標は治療効果のバイオマーカー候補としても研究が進んでいます。

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