左室一回拍出量
目次
定義と概要
左室一回拍出量(stroke volume, SV)は、心臓の左心室が1回の収縮で大動脈へ送り出す血液量を指し、通常はミリリットル(mL)で表現されます。成人安静時ではおおむね60〜100 mLの範囲にあり、心拍数と掛け合わせることで心拍出量(cardiac output, CO=SV×HR)が決まります。SVは循環動態の中心的な指標であり、全身の酸素供給能力や血圧の維持に直結します。
SVは前負荷(拡張末期容積や静脈還流)、後負荷(動脈系抵抗や血圧)、収縮性(心筋の収縮力)の3因子に大きく依存します。これらはフランク・スターリング機序や動脈−心室カップリングなどの生理学的枠組みで説明され、姿勢変化、脱水、薬剤、運動など日常的な要素でも変動します。
SVは駆出率(ejection fraction, EF)と混同されがちですが、概念が異なります。SVは絶対量(mL)であり、EFは拡張末期容積に対する割合(%)です。収縮不全でも拡張末期容積が大きければSVが保たれることがあり、逆に容積が小さい高EF心不全ではSVが低下することがあります。
臨床ではSVの把握が、ショックや心不全の評価、弁膜症の重症度判定、運動耐容能の理解などに不可欠です。非侵襲的な心エコーから侵襲的モニタリングまで多様な手段が整備され、状況に応じて適切な方法が選択されます。
参考文献
生理学的基盤
フランク・スターリングの法則では、心筋繊維の初期長(前負荷)が増すと、至適範囲では収縮力が増してSVが増加します。これは筋原線維の重なり最適化やカルシウム感受性の変化など微視的機序で支えられ、循環量の急性変化に対する自己調節機構として働きます。
後負荷は主として平均動脈圧や動脈コンプライアンスに反映され、急性に上昇すると駆出抵抗が増えSVは低下しやすくなります。逆に血圧低下や血管拡張で後負荷が下がると、同じ収縮性でもSVは増える傾向を示します。動脈−心室カップリングはこの相互関係を定量的に表す概念です。
収縮性は交感神経活性や心筋の状態に依存します。カテコールアミンは細胞内カルシウムハンドリングを改善し収縮を高め、SVを増加させます。虚血、心筋症、薬剤性抑制などは収縮性を低下させ、SVを減少させます。
呼吸相、体位、体液量、体温、妊娠、運動適応など全身状態もSVを変動させます。妊娠では血漿量増加と心拍数上昇によりCOが上がり、SVも中等度増加します。持久的運動では前負荷増加と心筋リモデリングによりSVが顕著に増えることがあります。
参考文献
- StatPearls: Cardiovascular Physiology (Frank-Starling)
- StatPearls: Physiology, Pregnancy: Hemodynamic Changes
測定と定量
SVの基本式はSV=EDV−ESV(拡張末期容積−収縮末期容積)です。画像法では心エコーのシンプソン法や心臓MRI/CTで容積を直接計測して差分からSVを求めます。MRIは再現性が高く、弁逆流の評価も併用しやすいのが利点です。
心エコーでは左室流出路(LVOT)の断面積と時間速度積分(VTI)からSV=LVOT面積×VTIで算出します。非侵襲的でベッドサイドでも実施でき、弁膜症評価や体液反応性評価に広く用いられますが、LVOT径測定誤差の影響を受けやすい点に注意が必要です。
侵襲的には熱希釈法やダイレクト・フィック法で心拍出量を求め、心拍数で割ってSVを得ます。フィック原理は酸素消費量と動静脈酸素較差からCOを導出する理論で、重症例やカテ室で用いられます。
拍動解析型の動脈圧波形法やバイオインピーダンスなどもありますが、測定条件やアルゴリズム依存性が大きく、基準法との較正や文脈に応じた解釈が重要です。
参考文献
- ASE/EACVI Chamber Quantification Guidelines (Lang et al., 2015)
- StatPearls: Fick Principle
- StatPearls: Thermodilution
臨床的意義と解釈
SVはショックの病態鑑別(低容量性、心原性、閉塞性、分配性)に有用で、前負荷や後負荷、収縮性のどこに問題があるかの手掛かりを与えます。たとえば低容量性では前負荷不足でSVが低下し、輸液で反応性があれば増大します。
心不全ではSVの持続的低下が運動耐容能の低下や臓器灌流不全を招きます。弁膜症では大動脈弁狭窄や僧帽弁逆流などで実効的前方SVが減少することがあり、症状や予後の評価に直結します。
異常高値のSVは生理的(妊娠、運動、アスリート)と病的(大動脈弁閉鎖不全、甲状腺機能亢進症、貧血)に分けられます。背景を踏まえた解釈が不可欠です。
SVは体格や性別、年齢、心拍数に影響されるため、体表面積で補正したストロークインデックスや同時のCO、血圧、乳酸などと合わせて総合的に判断します。
参考文献
変動要因と遺伝・環境
SVは短期的には体位変換、呼吸、循環血漿量、交感神経緊張、薬剤で変動します。長期的には加齢、持久的トレーニング、妊娠、慢性疾患によって設定点が変わり得ます。
双生児・家系研究から、安静時の心機能・形態指標には中等度の遺伝率(概ね30〜60%)が示され、残りは環境要因に帰せられます。運動適応としてのSV増加に対する反応性も遺伝的素因の影響を受けますが、トレーニングや生活習慣の寄与が大きいとされます。
ゲノムワイド関連解析では心室容積や駆出率、心筋構造に関連する多数の遺伝子座が同定され、SVに波及する多遺伝子性が示唆されています。ただし個人の臨床解釈に直結する段階ではありません。
実臨床では、遺伝よりもまず可変な環境因子(体液量、血圧、心拍数、薬剤、基礎疾患)を整えることが優先され、SVはその効果判定に用いられます。
参考文献

