左傍海綿体容積
目次
用語の定義と注意点
「左傍海綿体容積」という表現は標準的な医学用語ではなく、文脈により少なくとも二通りに解釈され得ます。もっとも整合的なのは頭蓋内の海綿静脈洞(cavernous sinus)およびその周辺(傍海綿静脈洞=paracavernous/parasellar)領域の体積的評価という解釈です。陰茎・鼻腔の「海綿体」(corpus cavernosum/inferior turbinate)とは解剖学的対象が異なるため、混同に注意が必要です。
本項では、画像診断上の「左傍海綿静脈洞領域(左側の海綿静脈洞とその周囲軟部組織)」の容積概念として説明します。これは腫瘍、血栓症、内頸動脈—海綿静脈洞瘻などの病態で容積が変化し得る部位であり、臨床意義があります。
なお、もし依頼や研究で「傍海馬(海馬傍回)容積」や「陰茎海綿体容積」を意図している場合、対象構造・測定法・解釈は大きく異なるため、用語の再確認が推奨されます。
以下では、解剖・生理、測定法、臨床意義、遺伝・環境の寄与、正常範囲と解釈など、実務で役立つ観点から概説します。
参考文献
解剖と生理:海綿静脈洞・傍海綿領域
海綿静脈洞は蝶形骨トルコ鞍両側に位置する静脈性洞で、内部を内頸動脈が走行し、III・IV・V1・V2・VI脳神経が壁内/腔内を通過します。眼窩・側頭葉底・下錐体静脈洞などと連絡し、頭蓋内外の静脈ドレナージの要です。
傍海綿領域には硬膜、硬膜外/洞周囲静脈叢、交感神経叢、脂肪組織、海綿洞壁などが含まれ、腫瘍(下垂体腺腫の浸潤、髄膜腫、神経鞘腫など)や血行動態の変化(頸動脈海綿洞瘻、血栓症)により容積的に変化します。
左側のみの容積変化は、左右の動脈蛇行・優位性、局在病変、既往手術/塞栓術などの影響を反映し得ます。正常でも軽度の左右差は存在しますが、大きな非対称性は病的意義を持つ可能性があります。
生理学的には同部は静脈コンプライアンスを担い、眼静脈系・脳底部静脈の圧変化を緩衝します。容積は静脈充盈や姿勢・呼吸によって短時間で変動しうるため、撮像条件の標準化が重要です。
参考文献
測定法・定量理論
定量は造影3D T1強調MRI(等方ボクセル)での手動または半自動セグメンテーションが標準的です。海綿洞の解剖学的境界(内頸動脈周囲の硬膜二重構造、外側壁、上下の錐体部硬膜など)を参照してVOIを描出します。
体積はボクセル体積×包含ボクセル数の総和として算出します。部分容積効果を抑えるため、薄スライス(1 mm程度)とコントラスト最適化が推奨されます。反復測定での観察者内・観察者間再現性(ICC)を評価することが望ましいです。
代替としてMR静脈造影(MRV)やCT造影で静脈腔を中心に定量する方法がありますが、洞壁や周囲組織を含めるかどうかの運用定義で値が大きく変わります。研究では標準化されたプロトコルとマスク定義の共有が不可欠です。
脳容積解析ツール(FreeSurferやSPM/VBM)は皮質・皮質下の自動分割に強みがありますが、海綿洞のような硬膜静脈洞は自動化精度が限定的で、現状は専門家の手動支援が必要です。
参考文献
臨床的意義と応用
左傍海綿体容積の増大は、頸動脈—海綿洞瘻(高流量型で眼静脈拡張と併存)、海綿洞血栓症、傍鞍部・海綿洞浸潤腫瘍(下垂体腺腫、髄膜腫、神経鞘腫など)でみられます。症状は眼球突出、結膜充血、複視、顔面感覚低下、眼痛、拍動性雑音などです。
容積減少は直接の疾患概念としては乏しいものの、術後変化や慢性血栓後変化、低流量状態の反映として認めることがあります。左右差の顕著化や経時的変化が重要な所見です。
臨床では、神経学的所見・眼科所見と画像所見を統合し、必要に応じてDSA(脳血管造影)で血行動態を最終確認します。治療は原因に応じ、抗菌薬/抗凝固(血栓症・感染)、血管内治療(CCF)、外科的減圧や腫瘍管理などが選択されます。
研究面では、容積指標をバイオマーカーとして用い、病勢や治療反応性の定量評価に応用する動きがあります。ただし計測の標準化と多施設再現性の確立が課題です。
参考文献
遺伝・環境の寄与と正常範囲・解釈
海綿洞・傍海綿領域そのものの容積に対する厳密な遺伝率研究はほぼ存在しません。脳構造体積の双生児研究からは、皮質下体積の遺伝率は概ね0.4〜0.8(40〜80%)と報告され、残余は共有/非共有環境要因に帰属します。これを踏まえると、個体差には遺伝と環境がともに寄与すると推定されます。
一方で静脈洞は可変的な血行動態の影響が大きく、撮像時の生理条件や体位など環境要因の短期変動が数値に反映されやすい点に注意が必要です。
正常範囲については統一基準がなく、施設内の健常データベースや左右比・Zスコアで相対評価するのが実務的です。一般的に左右差が15〜20%を超える場合は慎重な解釈と追加精査が勧められます。
解釈では、測定誤差(5〜10%程度)、加齢・性差、内頸動脈優位性などの解剖学的変異を考慮し、症状・他の画像所見(眼静脈拡張、神経圧迫所見等)と併せて判断します。
参考文献

