妊娠性血小板減少症
目次
定義と概要
妊娠性血小板減少症は、妊娠中に偶然見つかる軽度の血小板減少で、主に妊娠後期に発生し、分娩後に自然回復する良性の病態です。一般に血小板数は10万〜15万/μL程度までの軽度低下にとどまり、出血症状を伴わないことがほとんどです。このため、治療を要することは稀で、経過観察が基本となります。
全妊娠の約5〜10%で認められるとされ、妊娠中にみられる血小板減少の原因として最も頻度が高い病態です。自己免疫性血小板減少症(ITP)や妊娠高血圧腎症、HELLP症候群など他の原因と区別することが重要で、診断は除外診断の性格を持ちます。
発症時期は多くが妊娠後期で、これ以前から持続的に血小板が低い場合や、妊娠前からの既往がある場合は別病態を疑います。過去の妊娠でも同様の軽度低下が再現することがありますが、母児への重大な合併症は一般に少ないと報告されています。
分娩後は数週間から2か月程度で血小板数が妊娠前水準に回復するのが典型的です。新生児に重篤な血小板減少が生じるリスクも極めて低く、母体管理においても神経軸麻酔などの手技は適切な閾値を満たせば安全に実施可能とされています。
参考文献
- StatPearls: Gestational Thrombocytopenia
- The ObG Project: Thrombocytopenia in Pregnancy (ACOG summary)
症状と臨床像
妊娠性血小板減少症は多くの場合無症候で、日常生活や妊娠経過に自覚症状を与えません。妊婦健診での定期的な血算検査で初めて気付かれることが一般的です。血小板数が10万/μL前後でも出血傾向は目立たないことが多いのが特徴です。
ごく一部で皮下出血や歯肉出血などの軽微な粘膜皮膚出血がみられることがありますが、重篤な出血合併症は稀です。月経とは異なり、妊娠中の出血の多くは産科的要因に起因するため、出血症状の評価は総合的に行います。
新生児への影響も最小限で、母体が妊娠性血小板減少症である場合、児の血小板減少は稀であり、重篤な頭蓋内出血などの合併症のリスクは非常に低いと報告されています。これはITPと対照的です。
臨床的には、他の原因による血小板減少と区別するために、血圧、肝機能、溶血所見、末梢血塗抹などを併せて評価します。臨床像が非典型的であれば、専門医による追加検査や鑑別診断が必要となります。
参考文献
発生機序(病態生理)
病態生理は完全には解明されていませんが、妊娠に伴う血漿量増加により血小板が相対的に希釈されること(血液希釈)が一因と考えられています。これにより、検査上の血小板数が軽度に低下して見えることがあります。
また、妊娠に伴う血小板の産生と破壊のバランスの変化、血小板寿命の短縮、胎盤循環での血小板活性化や軽度の消費などが寄与しているとする仮説があります。これらは生理的範囲内の変化で、多くは臨床的な問題を引き起こしません。
自己抗体による免疫学的破壊が主体のITPとは病態が異なり、妊娠性血小板減少症では免疫学的機序の関与は限定的と考えられています。そのため新生児への移行抗体による影響もほとんどみられません。
総じて、妊娠性血小板減少症は妊娠に伴う生理的な変化の延長線上にある軽度の血小板減少と理解され、特異的な遺伝的背景や環境曝露との関連は確立していないのが現状です。
参考文献
診断と鑑別
診断は除外診断であり、特徴として妊娠後期の発見、軽度の血小板減少(多くは7.5万〜15万/μL)、出血症状の欠如、分娩後の自然回復、過去妊娠での再現などが挙げられます。血液塗抹で偽性低下を除外することも重要です。
鑑別としてはITP、妊娠高血圧腎症・HELLP症候群、TTP/HUS、薬剤性血小板減少、ウイルス感染、骨髄疾患などが含まれます。異常肝機能、溶血、蛋白尿、高血圧などの所見があれば他病態を強く疑います。
初診時と28週頃の妊婦健診での全血球計算(CBC)によりフォローアップし、非典型例では凝固系や免疫学的検査を追加します。妊娠中の安全な麻酔や分娩のため、推定血小板数の把握は継続的に行います。
新生児への評価としては、母体がITPを合併している可能性がある場合に児の血小板をチェックしますが、純粋な妊娠性血小板減少症では定期的な新生児検査は通常不要とされています。
参考文献
治療と分娩管理
妊娠性血小板減少症はほとんどが無治療で経過観察となります。分娩様式の選択は産科適応に基づき、血小板減少が軽度であれば経腟分娩も安全に可能です。分娩後は自然に回復するため、特別な処置は通常不要です。
神経軸麻酔(硬膜外・脊髄くも膜下麻酔)については、近年のコンセンサスでは7万/μL以上で大きな併存リスクがなければ実施が合理的とされています。これは産科麻酔領域の合意に基づく実務上の閾値です。
出血リスクが高い症例や血小板数が著しく低い場合には、他の原因を再評価し、必要に応じて血小板輸血を検討します。ただし、ステロイドやIVIGはITPに対する治療であり、典型的な妊娠性血小板減少症では適応外です。
母体・児の予後は良好で、分娩時の出血量や帝王切開のリスクも通常は増加しません。非典型的経過では専門医と連携し、安全な分娩計画を立てることが重要です。
参考文献

