妊娠性肝臓内胆汁うっ滞
目次
定義・概要
妊娠性肝内胆汁うっ滞(intrahepatic cholestasis of pregnancy, ICP)は、妊娠後期を中心に発症する可逆的な胆汁うっ滞性肝疾患で、強いかゆみと血中胆汁酸の上昇を特徴とします。出産後には通常速やかに改善しますが、妊娠中は早産、胎児機能不全、まれに死産など胎児リスクが増すため、産科的な厳密な管理が必要です。母体側では黄疸や脂溶性ビタミン(特にK)の欠乏による出血傾向が生じうることが知られています。
世界的な有病率はおおむね0.2〜2%とされますが、民族差や地域差が大きく、南米や北欧の一部ではより高率にみられます。双胎妊娠やホルモン補充(体外受精関連など)ではリスク上昇が報告されています。日本では相対的に稀とされますが、正確な全国推計は限られており、症例集積や地域差の検討が進められています。
診断は、(1)妊娠後期に増悪する全身の掻痒、とくに手掌・足底の夜間増悪、(2)総胆汁酸(TBA)の上昇、(3)他の肝胆道疾患の除外、を総合して行います。ガイドラインによってTBAの閾値は多少異なりますが、近年は19 μmol/L以上を目安とする記載が増えています。
治療の第一選択はウルソデオキシコール酸(UDCA)で、症状軽減と胆汁酸低下に寄与します。胎児評価の強化と、重症例では計画分娩の検討が推奨されます。出産後は速やかに肝機能と胆汁酸が正常化するのが一般的で、再発リスクは次妊娠で高く(約45〜70%)、将来のホルモン性避妊薬では再燃に注意が必要です。
参考文献
- RCOG Patient Information: Intrahepatic cholestasis of pregnancy (2022)
- StatPearls: Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy
- MSD Manual Professional: Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy
症状
最も特徴的なのは発疹を伴わない掻痒(かゆみ)で、手掌・足底に強く夜間に増悪します。皮疹が見られる場合は二次的な掻破痕によるもので、皮膚そのものの病気とは異なる点が診断のヒントになります。かゆみは数週間で急速に強くなることが多く、生活の質を大きく損ねます。
母体では、黄疸(約10〜25%)、濃い尿、淡色便、脂肪便、食欲不振、吐き気などがみられることもあります。血液検査ではALT/ASTの上昇やALPの高値がしばしば認められますが、ALPは妊娠自体でも上がり得るため解釈に注意が必要です。
胎児側のリスクには、早産(自発性・医原性)、胎便排泄、胎児機能不全、まれに子宮内胎児死亡が含まれます。これらのリスクは母体血中の胆汁酸濃度が高いほど上昇し、特に100 μmol/L以上で注意が必要とされています。
症状の発現・増悪は妊娠第3三半期に最も多く、産褥期に入ると数日〜数週で自然軽快します。次妊娠での再発は高頻度で、また経口避妊薬などエストロゲン曝露で類似の掻痒や胆汁うっ滞が再燃することがあります。
参考文献
- RCOG Patient Information: Intrahepatic cholestasis of pregnancy
- SMFM Consult Series #53: Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy (summary)
- DermNet NZ: Intrahepatic cholestasis of pregnancy
診断と検査
診断は臨床症状(掻痒)と生化学的所見(総胆汁酸の上昇)を中心に、他の原因を除外して行います。妊娠後期の掻痒を訴える人では、まず総胆汁酸(TBA)と肝機能(ALT、AST、ビリルビン)を測定し、甲状腺疾患やウイルス性肝炎、胆石・胆道閉塞、妊娠急性脂肪肝、HELLP症候群などの鑑別を行います。
総胆汁酸の測定は食後上昇するため、施設により空腹時や同一条件での再検を推奨します。初診時に正常でも、症状が持続・増悪する場合は数日〜1週間以内の再検が推奨されます。ガイドラインによっては、19 μmol/L以上を『胆汁酸上昇』の目安としています。
胎児評価としては、非ストレステスト(NST)、バイオフィジカルプロファイル(BPP)、胎動カウントなどが用いられます。ただし、いずれの検査も子宮内胎児死亡の完全な予測は困難で、母体胆汁酸レベルの把握と分娩時期の調整が最重要とされています。
重症度は胆汁酸レベルにより層別化され、例えば<40 μmol/L、40〜99 μmol/L、≥100 μmol/Lなどで管理方針(モニタリング頻度や分娩時期)が変わります。産後は肝機能・胆汁酸の正常化を確認し、避妊法や次妊娠での再発リスクについてカウンセリングを行います。
参考文献
- RCOG Patient Information and management advice
- SMFM recommendations summary (The ObG Project)
- MSD Manual Professional: Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy
発生機序(病態生理)
ICPは、妊娠に伴う高エストロゲン・プロゲステロン環境が胆汁排泄の分子機構を抑制し、遺伝的素因と相まって肝細胞および小葉間胆管内で胆汁酸が蓄積することで生じると考えられています。胆汁酸は母体の皮膚神経を刺激して掻痒を引き起こし、胎盤を通過して胎児心筋や腸管の機能にも影響を与える可能性があります。
分子レベルでは、肝細胞から胆汁酸を排出するBSEP(bile salt export pump、ABCB11)や、リン脂質を胆汁中へ輸送するMDR3(ABCB4)の機能低下・変異が関与します。さらに核内受容体FXR(NR1H4)やPXR(NR1I2)の活性低下が胆汁酸代謝遺伝子群の発現を抑え、胆汁うっ滞を助長するとされています。
妊娠ホルモン代謝物、特に硫酸抱合型プロゲステロン代謝物がBSEP機能を阻害すること、エストロゲンが胆汁酸輸送体の発現を抑制することが報告されています。双胎妊娠や体外受精などでホルモン曝露が高いと発症リスクが増すのはこのためと考えられます。
環境・栄養因子として、セレン欠乏、冬季・高緯度による季節性、C型肝炎ウイルス感染や胆石症既往、胆汁うっ滞を来しやすい薬剤(例:高用量エストロゲン、シクロスポリンなど)が発症を誘発・増悪し得ることが知られています。
参考文献
- StatPearls: Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy (pathophysiology)
- DermNet NZ: Intrahepatic cholestasis of pregnancy (Pathogenesis)
- MedlinePlus Genetics: Intrahepatic cholestasis of pregnancy
治療と出産管理
第一選択薬はウルソデオキシコール酸(UDCA)で、10〜15 mg/kg/日程度から開始し、症状や胆汁酸レベルに応じて増量します。UDCAは掻痒の軽減と胆汁酸低下に有効で、安全性プロファイルも妊娠で良好とされています。難治例ではリファンピシン追加や、掻痒対策として一部の抗ヒスタミン薬、コレスチラミン(ただしビタミンK欠乏に注意)などが選択されます。
胎児管理では、胆汁酸レベルに応じてモニタリングを強化し、重症例では妊娠36〜37週を目安に計画分娩を検討します。特に胆汁酸≥100 μmol/Lでは早期の分娩計画が議論されます。NSTやBPPは補助的に用いられますが、子宮内胎児死亡を完全には予測できないため、胆汁酸の推移と母体症状を重視します。
母体の合併症としてのビタミンK欠乏による出血傾向には注意し、必要に応じて補充を検討します。分娩時の麻酔選択や出血リスク評価のため、産科・麻酔科・新生児科の多職種チームで周産期管理を行うことが推奨されます。
産後は通常、数日〜数週で症状・検査値が改善します。退院前後に肝機能・胆汁酸のフォローを行い、再発リスク(次妊娠で45〜70%)やエストロゲン含有避妊薬での再燃可能性を説明し、肝胆道疾患の既往がある場合は専門医フォローを継続します。
参考文献

