女性生殖器の脱出
目次
定義と概要
女性生殖器の脱出(一般には骨盤臓器脱:Pelvic Organ Prolapse, POP)は、膀胱・子宮・膣断端・直腸などの骨盤内臓器を支える筋肉と結合組織が弱くなり、臓器が膣内または膣外へ下がってくる状態を指します。最も多いのは膀胱瘤(前壁)、直腸瘤(後壁)、子宮脱・腟断端脱(頂部)の3領域で、複数が同時にみられることもあります。症状の自覚が乏しい軽症例から、日常生活に支障を来す重症例まで幅があります。
POPは年齢とともに頻度が増し、経腟分娩歴、閉経、肥満、慢性的な腹圧上昇(便秘・咳嗽・重労働)などが関与します。診察での軽度の下垂所見は分娩経験女性の半数近くで見つかる一方、自覚症状のあるのは3〜6%と報告されます。米国では手術に至る生涯リスクが約12%と推定されます。
疾患名は「女性生殖器の脱出」とされることがありますが、実臨床や学術では「骨盤臓器脱(POP)」が標準用語です。女性のQOL(生活の質)、排尿・排便・性機能に影響するため、保存療法から手術まで個別性の高い治療選択が求められます。
国・地域・民族差も指摘され、白人・ヒスパニック女性で診断頻度が高く、アフリカ系女性で低い傾向があるとの疫学報告があります。日本では高齢化に伴い受診者は増加していますが、地域住民ベースの全国的推計は限られています。
参考文献
症状と生活への影響
典型症状は「膣から何かが出てくる・膨らむ感じ(膣内のこぶ、突出感)」や骨盤内の重だるさ、座位や立位での圧迫感です。歩行や長時間の活動で悪化し、横になると軽快することが多いとされます。
排尿症状としては頻尿、尿失禁、尿勢低下、残尿感、排尿困難などがみられます。特に膀胱瘤や頂部脱では尿道の角度や支持が変化するため、咳や運動での腹圧性尿失禁、あるいは逆に排尿しにくい症状が出ることがあります。
排便症状は直腸瘤で顕著になり、便秘、排便困難、排便時に会陰部を押さえる必要があるなどの訴えが見られます。性機能では性交痛、性交困難、羞恥心による性生活回避など、心理・社会面の影響も大きく、QOL低下と関連します。
軽症で症状が軽い場合は経過観察が可能ですが、日常生活に支障がある場合は保存療法(骨盤底筋訓練、ペッサリー)や手術を検討します。症状と客観的な脱出度は必ずしも一致しないため、本人の困りごとに焦点を当てたオーダーメイドの評価が重要です。
参考文献
発生機序とリスク因子
骨盤底は筋(主に肛門挙筋群)・筋膜・靱帯(子宮仙骨靱帯など)・膣壁などから成る支持構造で、出産時の過伸展や断裂、陰部神経損傷、加齢に伴うコラーゲン・エラスチンの質的変化、エストロゲン低下などが機序に関わります。
妊娠・経腟分娩は最も強いリスク因子で、巨大児、吸引・鉗子分娩、分娩時の会陰裂傷、長時間の第二期などが筋・神経損傷を増やすと考えられています。帝王切開は一部のリスクを軽減しますが、完全には予防しません。
環境因子としては、肥満、慢性便秘や咳嗽による腹圧上昇、重労働、喫煙(結合組織への影響)、閉経、既往手術(子宮摘出後の頂部脱)などが挙げられます。
遺伝的素因も示唆され、家族集積や双生児研究で中等度の遺伝率が報告されています。結合組織関連遺伝子(COL1A1、COL3A1、LOXL1、FBLN5、ELNなど)の多型が関連する可能性がありますが、効果量は小さく、民族や研究間で一貫しない点に注意が必要です。
参考文献
- StatPearls: Pelvic Organ Prolapse
- NICE guideline NG123: Urinary incontinence and pelvic organ prolapse
診断と評価
診断は問診と内診が基本で、膣壁の突出部位と程度を確認します。国際的にはPOP-Q(Pelvic Organ Prolapse Quantification)という解剖学的評価法が用いられ、各ポイントの位置をミリ単位で記録し、ステージ0〜IVに分類します。
排尿・排便・性機能の症状評価には標準化された質問票(PFDI-20、PFIQ-7など)が用いられます。尿路症状が強い場合は残尿測定、尿流測定、時に膀胱内圧検査が行われます。直腸瘤や複合病変では画像(超音波、MRI)が補助的に用いられます。
治療選択に直結するのは「症状の強さ」と「患者の希望」であり、同じステージでも対応が異なります。軽症で無症状なら経過観察、症状があれば保存療法、重症・保存療法不成功なら手術を検討します。
合併疾患(過活動膀胱、腹圧性尿失禁、萎縮性腟炎、便秘など)の同定と同時治療が重要です。術前に性機能や妊孕性の希望、今後の出産計画の有無も確認します。
参考文献
治療(保存療法と手術)
保存療法の第一選択は骨盤底筋訓練(PFMT)で、理学療法士の指導下で適切な収縮と漸進的トレーニングを行います。軽〜中等度の症状軽減に有効で、尿失禁合併にも効果が期待できます。
腟内ペッサリーは多様な形状・サイズがあり、適合すれば即時に突出感が軽減します。定期的な洗浄・交換、腟粘膜の保護(閉経後は局所エストロゲンの併用)が重要です。感染やびらんのリスクに留意します。
手術は頂部支持の再建が鍵で、腟式(仙棘靭帯固定、子宮仙骨靭帯つり上げなど)と腹腔鏡下/開腹の仙骨腟固定(メッシュ使用)が代表です。前後壁は筋膜縫縮(前・後腟壁形成)が基本で、メッシュの腟内使用は合併症問題により各国で適応が厳格化されています。
術式選択は年齢、性活動、再発リスク、併存症、将来の妊娠希望、外科チームの経験により個別化されます。米FDAは腟内メッシュの市販中止措置を行っており、情報提供と同意が不可欠です。
参考文献
予防とセルフケア
予防の中心は腹圧負荷の軽減と骨盤底の強化です。具体的には適正体重の維持、慢性便秘の治療、咳を伴う呼吸器疾患の管理、重い物の持ち上げを控える、喫煙の中止が推奨されます。
産後早期からの正しい骨盤底筋訓練は、長期的な骨盤底機能の維持に寄与します。更年期以降の膣粘膜萎縮には局所エストロゲンが有用な場合があり、摩擦・びらん予防に役立ちます。
定期的な婦人科受診で軽症の段階から評価を受け、症状が進む前に保存療法を開始することが再発・進行抑制に有利です。尿失禁や便秘の併存に対する包括的な生活指導も重要です。
セルフチェックとして、夕方の立位での膣入口部の膨らみや違和感に気づいたら早めに相談しましょう。適切な情報源から学び、自己判断で腟内器具を使用しないことが安全につながります。
参考文献
疫学と負担
身体診察での軽度の下垂を含む有病率は多産女性で最大約50%に達し、自覚症状の有病率は3〜6%程度と報告されます。米国データでは骨盤臓器脱または尿失禁の手術を受ける生涯リスクは約20%、骨盤臓器脱単独で約12〜13%と推定されています。
年齢とともに手術率は上昇し、閉経後にピークがみられます。人種差として白人・ヒスパニック女性で高く、黒人女性で低い傾向が示されていますが、社会経済要因や受療行動も影響します。
日本では急速な高齢化に伴い外科治療件数は増加傾向にありますが、全国レベルの地域住民ベースの正確な有病率推定は限られています。医療資源の整備、理学療法へのアクセス、費用負担の軽減が課題です。
QOL低下、就労・介護への影響、再発・再手術の負担が無視できず、一次予防(出産・産後ケア、肥満対策)と二次予防(早期発見、保存療法)を統合した公衆衛生戦略が求められます。
参考文献

