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女性の性機能不全

目次

定義と分類

女性の性機能不全(Female Sexual Dysfunction, FSD)は、性欲(関心・欲求)、性興奮、オーガズム、性交痛・恐怖などの領域に持続的または反復的な困難があり、本人に苦痛や対人関係上の問題を引き起こす状態を指します。DSM-5では欲求・興奮障害、オーガズム障害、性器骨盤痛/挿入障害などとして整理され、重なり合うことも少なくありません。

FSDは疾患というより「生物心理社会モデル」で理解されます。ホルモン・神経伝達・血管や骨盤底などの生物学的要因、ストレス・不安・抑うつなどの心理要因、関係性や文化・宗教・ジェンダー規範などの社会的要因が相互作用して成立します。

診断は「困っているかどうか」と症状の持続期間・頻度・重症度、生活・関係への影響を丁寧に聴取します。加えて使用薬剤、慢性疾患、産後・閉経などのライフイベント、外傷歴などを評価します。検査は必要に応じて身体診察や内診、内分泌検査が行われます。

FSDはライフステージで変化し、思春期・産後・閉経周辺期・老年期で特徴が異なります。閉経後は低エストロゲンに伴う泌尿生殖器症候群(GSM)による性交痛が増え、若年では骨盤底の過緊張や不安、薬剤性の影響が目立つことがあります。

参考文献

症状と生活への影響

主な症状には、性への関心や欲求の低下、性刺激に対する興奮困難、オーガズム到達の困難、性交時の疼痛・灼熱感・痙攣感、挿入に対する恐怖や回避などがあります。これらは単独でも複合しても起こり得ます。

症状は個人や関係性の満足度に直結します。無理な性交継続は疼痛の条件づけを強化し、回避行動や関係の緊張を深めることがあります。逆に、十分なコミュニケーションや安全な環境は症状緩和に寄与します。

精神健康との関連も強く、抑うつや不安は欲求や興奮を低下させ、逆に長引く性の問題は自己評価の低下や気分障害を助長します。原因と結果が循環するため、包括的な介入が必要です。

痛みを伴う障害(前庭痛/膣けいれんなど)は骨盤底筋の過緊張、炎症性状態、低エストロゲン、性交時の潤滑不全など多因子で生じます。潤滑剤や保湿剤、骨盤底理学療法、局所エストロゲンなどが有効な場合があります。

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発生機序(生物心理社会モデル)

生物学的には、ドーパミンやノルアドレナリンは欲求・動機づけを促進し、セロトニンは抑制的に働くことがあります。エストロゲンは膣・外陰の血流や上皮保護、感受性に寄与し、アンドロゲンは性的関心維持に関与します。血管機能や末梢神経、骨盤底筋機能も重要です。

心理的には、過去の痛みや不快体験の学習効果、期待不安、完璧主義、トラウマ、ボディイメージが反応性を左右します。認知行動モデルでは、誤った信念や注意の偏り、回避が症状の維持因子になります。

社会的には、パートナー関係の満足度、育児・介護・仕事の負担、睡眠不足、文化的スティグマ、性教育の不足が関与します。医療アクセスや性的多様性への受容も影響します。

薬剤(SSRI/SNRI、抗精神病薬、降圧薬、経口避妊薬など)や慢性疾患(糖尿病、甲状腺疾患、心血管病、骨盤痛症候群)も性機能に影響します。これらの見直しや基礎疾患の最適化は介入の第一歩です。

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診断と評価

標準化質問票としてFSFI(Female Sexual Function Index)やFSDS-R(Sexual Distress Scale-Revised)が用いられ、症状領域と苦痛の程度を把握します。日本語版も研究用途で用いられています。

診察では外陰・膣の視診、綿棒テスト、筋緊張の触診、潤滑状態、痛みの部位同定を行います。必要に応じて尿検査、膣pH、性感染症検査、内分泌(甲状腺、プロラクチン、テストステロン)などを検討します。

鑑別には、GSM、外陰皮膚症、前庭痛(局在性)、骨盤底機能障害、器質的腫瘍、慢性骨盤痛症候群、薬剤性低欲求などが含まれます。精神科的合併のスクリーニングも重要です。

強い苦痛があり安全確保が必要な場合(暴力・強要・自傷他害のリスクなど)は、適切な保護・支援体制や専門機関への連携を優先します。

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治療と支援

治療は原因と目標に応じて多層的に行います。教育・カウンセリング、セックスセラピー(認知行動療法、マインドフルネス、カップル療法)、骨盤底理学療法、潤滑剤・保湿剤が基本です。

薬物療法では、低欲求に対しフリバンセリンやブレメリノチドが米国で承認されています(日本では未承認)。閉経期のGSMには局所エストロゲン、選択的エストロゲン受容体調整薬(オスペミフェン、国により可否)、膣DHEAなどが選択肢です。

テストステロン補充は閉経後女性の低欲求に限定し低用量での短期使用が国際ガイドラインで検討されますが、適応や製剤の可用性は国によって異なります。必ず専門家とリスク・ベネフィットを共有します。

対人関係の支援、暴力からの保護、慢性疾患・睡眠・運動・栄養の最適化、薬剤見直しは全ての症例で意義があります。経過に応じて目標を再設定し、再発予防と自己効力感を高めます。

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