夜間の脈圧
目次
定義と生理学的背景
脈圧は収縮期血圧から拡張期血圧を引いた差で、動脈の弾力性や拍出量の指標です。夜間の脈圧は睡眠中の値で、交感神経活動低下に伴い日中より低くなるのが一般的です。
夜間は副交感神経優位となり、心拍数と末梢血管抵抗が低下します。そのため収縮期が下がり、拡張期は相対的に保たれ、結果として脈圧も縮小しやすくなります。
加齢や動脈硬化が進むと大動脈の伸展性が低下し、反射波の早期帰還により収縮期が上昇、拡張期が低下します。これが昼夜を問わず脈圧拡大の生理的基盤です。
夜間の脈圧は腎血流や脳灌流の安定性にも関係し、過度に高い場合は微小血管の負担増加、低すぎる場合は臓器灌流不足のリスクを示唆します。
参考文献
測定と評価法
夜間の脈圧は24時間自由行動下血圧測定(ABPM)で睡眠時間帯の収縮期と拡張期から算出するのが標準です。自宅の夜間測定対応機でも繰り返し測定が可能です。
ABPMでは患者記録から就寝・起床時刻を特定し、その区間の平均値で夜間収縮期・拡張期を求め、差を脈圧として解釈します。個々の測定誤差は多回測定で平均化します。
日内リズムとして収縮期と拡張期は10〜20%低下する「ディッピング」が正常です。夜間脈圧も通常は日中より低いですが、非ディッパーや逆ディッパーでは拡大しやすいです。
測定時はカフサイズの適合、体位の統一、睡眠妨害の最小化が重要です。心房細動など不整脈がある場合はオシロメトリ測定の精度低下に留意します。
参考文献
- Ambulatory blood pressure monitoring(ESC e-Journal)
- 2023 ESH Guidelines for the management of arterial hypertension
臨床的意義
夜間の収縮期血圧は日中より強い予後予測能を持つとされ、夜間脈圧が拡大している場合は動脈硬化や大血管の硬さの進行を示唆します。心血管イベントや腎機能低下のリスクと関連します。
特に夜間高血圧(≥120/70 mmHg)を背景とする脈圧拡大は、微小血管障害や左室肥大の進展と関連が報告されています。睡眠時無呼吸やCKDでは顕著です。
一方で極端に低い夜間脈圧は重度の弁膜症や低拍出量状態を示す可能性があり、文脈依存での解釈が必要です。臨床像と合致しない場合は再測定や精査が推奨されます。
治療介入により夜間の動脈負荷を軽減できれば、長期の臓器保護につながる可能性があります。生活習慣と薬物療法の最適化が鍵になります。
参考文献
- Prognostic superiority of nighttime blood pressure(Hypertension)
- 2023 ESH Guidelines for the management of arterial hypertension
遺伝と環境の寄与
血圧の遺伝率は概ね30〜50%とされ、脈圧も同程度と推定されています。夜間に特化した推定は限られますが、日中と類似の遺伝・環境バランスが想定されます。
遺伝要因には血管壁の構造(エラスチン、コラーゲン)や内皮機能、一酸化窒素経路、ナトリウム利尿ペプチド系などが関与します。環境要因には年齢、塩分、肥満、睡眠の質、アルコールなどが含まれます。
双生児研究や家系研究では24時間血圧表現型の遺伝的相関が示され、夜間の低下度(ディッピング)にも遺伝的成分がある可能性が示唆されています。
一方で実臨床では生活習慣や合併症管理の影響が大きく、環境寄与は50〜70%に達することが一般的です。したがって修正可能な因子の介入が重要です。
参考文献
- Genetic determinants of blood pressure and hypertension(Nat Rev Cardiol)
- Genetic analysis of over 1 million people identifies 535 loci for blood pressure(Nat Genet 2018)
関連遺伝子と変異
脈圧に関与する遺伝子として、血管弛緩に関わるNOS3、可溶性グアニル酸シクラーゼのGUCY1A3、ナトリウム利尿ペプチド受容体のNPR3、免疫・血管リモデリング関連のSH2B3などがGWASで示されています。
ELN(エラスチン)変異は大動脈壁の弾性低下を介して脈圧拡大に寄与しうることが知られ、ウィリアムズ症候群などでは著明な動脈硬化様変化がみられます。
これらのバリアントの効果は一つ一つは小さいものの、多遺伝子効果として脈圧や動脈硬化の素因に影響します。夜間・日中の両方の脈圧に波及します。
希少変異ではGUCY1A3の機能低下やSMAD系遺伝子の異常が大血管の硬さを増し、収縮期上昇と拡張期低下を通じて脈圧を拡大させる可能性が議論されています。
参考文献

