右脳の中側頭回後部の灰白質容積
目次
概要
右脳の中側頭回後部の灰白質容積は、側頭葉外側の中側頭回(Middle Temporal Gyrus, MTG)の後方領域に存在する皮質灰白質の体積を指します。磁気共鳴画像法(MRI)で取得したT1強調画像から、組織分節・領域分割・体積算出を行うことで定量されます。
解剖学的には、後部中側頭回は上方の上側頭溝、後方の後頭葉に隣接し、視覚運動処理、意味情報の統合、社会的知覚と結び付いたネットワーク(背側注意・側頭頭頂接合部周辺)と機能的に関与します。左半球で言語理解の中心的役割が強い一方、右半球では非言語的な意味処理や生物学的運動の知覚、社会認知に寄与するとされます。
灰白質容積は皮質厚と皮質表面積の積に概ね対応し、発達・加齢・経験依存的可塑性・疾患などの影響を受けます。解析では頭蓋内容積(ICV)などの共変量で補正し、年齢・性別・スキャナ特性を考慮した上で群間比較や個人の偏差(zスコア)評価を行います。
この領域の容積は疾患特異的な単一バイオマーカーではありませんが、てんかん、統合失調症、自閉スペクトラム症、語義性認知の障害を伴う神経変性などで群レベルの差異が報告されています。したがって、臨床では他の画像所見・症状・神経心理検査と統合して解釈することが不可欠です。
参考文献
- Fischl B. FreeSurfer.
- Glasser MF et al. A multi-modal parcellation of human cerebral cortex (HCP-MMP1.0).
- Binder JR et al. Where is the semantic system?
遺伝と環境
灰白質容積の個人差には遺伝と環境の双方が寄与します。双生児・ゲノム規模の研究では、皮質表面積の遺伝率が概ね40–60%、皮質厚は20–40%程度と示されます。容積は両者に依存するため、中側頭回後部でも中等度の遺伝率が見込まれますが、年齢や領域で変動します。
特に成人の表面積は遺伝の寄与が比較的高く、思春期以降も安定的ですが、厚みは発達や環境要因(学習・ストレス・生活習慣)に応じて変化しやすいことが示唆されています。このため、同じ容積値でも成立背景が異なる可能性があります。
大規模遺伝学コンソーシアム(ENIGMA、UK Biobankなど)の解析では、皮質領域ごとに遺伝的アーキテクチャが異なること、さらに多遺伝子性が強いことが報告されています。特定遺伝子の影響は小さく、多数の変異の累積効果が主体です。
一方で環境的要因には教育・身体活動・睡眠・精神的ストレス、罹患歴、薬剤、スキャナ間差や頭動など測定誤差要因も含まれます。これらは縦断的な生活習慣の最適化や測定品質管理で部分的に制御可能です。
参考文献
- Grasby KL et al. The genetic architecture of the human cerebral cortex.
- Panizzon MS et al. Distinct genetic influences on cortical surface area and thickness.
測定と定量の方法
定量は主にT1強調MRIから行います。体素ベース形態計測(VBM)では、画像のバイアス補正・組織分節・標準空間への非線形変形・変形ヤコビアンによるモジュレーション・平滑化を経て、各ボクセルの灰白質量を統計比較します。
表面ベース法(FreeSurfer等)では、白質—灰白質境界と脳脊髄液—皮質表面を抽出し、頂点ごとの皮質厚と領域ごとの表面積を算出、アトラス(Desikan-KillianyやHCP-MMP)で中側頭回後部を区分し、容積(厚×面積)を得ます。
個人差の公平な比較のため、頭蓋内容積(ICV)で補正し、年齢・性別・スキャナ・頭動を共変量とする一般線形モデルやベイズ推定、ノルム参照のzスコア化が用いられます。縦断では被験者内レジストレーションを最適化して微小変化検出力を高めます。
品質には頭動や磁場不均一、アーチファクトが強く影響します。取得時の固定、モーション推定・補正、QCプロトコル、再現性検討(テスト—再テスト)を確保することが重要です。
参考文献
- Ashburner J, Friston KJ. Voxel-based morphometry—the methods.
- Fischl B. FreeSurfer.
- Desikan RS et al. An automated labeling system for subdividing the human cerebral cortex.
臨床的意義と解釈
この領域の容積そのものは診断名を即断する指標ではありませんが、てんかん焦点の同側側頭葉萎縮、精神疾患での群レベルの皮質形態変化、神経変性における語義性・意味処理障害の関与など、背景病態の理解を補助します。
臨床では、同年代・同性・ICV補正済みのノルムに対する偏差(例:z≤−1.96)が統計的に“外れ値”とみなされます。ただし一回測定の外れ値は頭動やスキャナ差で偽陽性化することがあり、再撮像や補助検査での検証が必要です。
解釈は症状・神経心理指標(意味流暢性、社会認知課題など)・他部位の所見(前側頭極、上側頭溝、側頭頭頂接合部)と総合して行います。ネットワークの観点で捉えると、単独領域の容積差よりも機能的・構造的結合の変化が説明力を持つ場合があります。
長期フォローでは年齢相応の変化率(一般に皮質は加齢で年率0.2–0.5%減程度、領域差あり)から乖離するかが手掛かりです。ただし個人差の幅は大きく、縦断同一スキャナ・同一プロトコルでの評価が望ましいです。
参考文献
- van Erp TGM et al. Cortical brain abnormalities in schizophrenia: ENIGMA.
- Bernasconi A et al. MRI in temporal lobe epilepsy.
- Storsve AB et al. Differential longitudinal changes in cortical thickness, surface area and volume.
発達・可塑性とその他
中側頭回後部は発達期に形態が成熟し、青年期をピークに加齢とともに緩徐に減少します。経験依存的可塑性により、学習や訓練(音楽・言語・視覚運動)で隣接領域を含む形態学的変化が報告されています。
右半球の後部中側頭回は、動作・生物学的運動の知覚、比喩や文脈依存の意味処理、社会認知課題での活動が報告されます。左半球優位の言語理解と相補的に、非言語的意味や視覚文脈の統合に寄与します。
ノルム参照は生涯発達の脳“成長曲線”を用いる枠組み(ブレインチャート、ノーマティブモデリング)が有用です。これにより個人の偏差を年齢連続体の中で位置付けられます。
測定上の注意として、頭動は灰白質容積をアーティファクト的に過小評価します。取得時の指示、モーションインデックスでの補正、QC除外基準の設定が推奨されます。
参考文献

