右海馬溝容積
目次
定義と解剖学的背景
右海馬溝容積とは、右側の海馬形成の内部に存在する「海馬溝(hippocampal sulcus/fissure)」という脳脊髄液で満たされた細い溝の体積を指します。海馬本体(CA領域、歯状回、海馬台)そのものの容積とは異なり、実質ではなく腔(スペース)を定量する概念です。
海馬溝は胎生期の折り畳み過程の名残で、成人でもMRIで細い高信号の線状構造として観察されます。溝が広いこと自体が機能を担うわけではありませんが、周囲の海馬実質の萎縮を間接的に反映する「形態学的指標」として注目されてきました。
左右差は個人差が大きく、右海馬は空間記憶や場所の処理との関連が示唆されますが、海馬溝は組織学的には腔であるため直接的な機能局在とは結びつきません。したがって、右海馬溝容積の解釈は必ず海馬実質や他のサブフィールドの情報と併せて行う必要があります。
近年は高解像度MRIと標準化されたサブフィールド分割法の普及により、海馬溝が自動的にラベル化され体積指標として出力されるようになりました。研究や臨床の文脈で右海馬溝容積がレポートされる場面が増加しています。
参考文献
- A harmonized segmentation protocol for hippocampal and parahippocampal subregions (Wisse 2017)
- Hippocampal sulcus - Wikipedia
- BrainInfo: Hippocampal sulcus
定量法とその理論
右海馬溝容積は、おもにT1強調(必要に応じてT2強調を併用)MRIからの自動セグメンテーションで算出します。脳内の各組織を統計的に分類するアルゴリズムにより、海馬サブフィールドと海馬溝(腔)が確率論的に同定され、体積が推定されます。
代表的な実装は、外部参照アトラス(解剖標本や超高解像度データ)に基づくBayesianフレームワークで、ボクセルの強度、位置、隣接関係を統合してラベルを割り当てます。FreeSurferのサブフィールド分割法(Iglesiasら)などが広く用いられています。
分解能やコントラスト、部分体積効果は推定値に影響します。特に溝のような細い構造は被写体の動きやスライス厚の影響を受けやすく、画質と前処理(バイアス補正、頭位正規化)、縦断処理の工夫が重要になります。
解析パイプラインごとにラベルの定義や境界の扱いが異なるため、装置・条件・ソフトウェアのバージョンを明記し、同一法での比較や年齢・頭蓋内体積での補正(zスコア化)が推奨されます。
参考文献
- Iglesias et al., A computational atlas of the hippocampal formation (NeuroImage 2015)
- FreeSurfer: Hippocampal Subfields
- ADNI MRI methods overview
臨床的意義と応用
海馬溝の拡大は周囲の海馬実質の萎縮と関連しやすく、加齢やアルツハイマー病など神経変性疾患の形態学的マーカーとして研究されています。右海馬溝容積の増大が単独で診断を決めることはありませんが、他の画像・バイオマーカーと併せてリスク評価を補強します。
側頭葉てんかん(特に内側側頭葉硬化)では海馬の体積減少や内部構築の変化がみられ、海馬溝の強調として現れることがあります。左右差の評価(右優位か左優位か)は外科的治療の計画にも寄与しうります。
軽度認知障害や前臨床段階では、集団レベルで右海馬溝容積が増大している傾向が報告されることがありますが、個人診断では年齢・教育歴・頭蓋内体積などの交絡因子の調整が不可欠です。
縦断的に同一手法で追跡することで、病勢や治療反応(生活習慣介入、血管リスク管理など)を間接的にモニタリングする補助指標としての可能性があります。
参考文献
- NIA-AA 2018 research framework (AT(N))
- Thom M. Hippocampal sclerosis in epilepsy (2014)
- Wisse 2017 harmonized hippocampal subfield protocol
遺伝・環境の影響
右海馬溝容積に特化した遺伝率の推定はまだ限られますが、海馬およびサブフィールドの体積には中等度の遺伝的寄与が示されています。一般に全海馬体積では遺伝率40〜70%が報告され、残りは環境要因と測定誤差が占めます。
海馬溝は実質ではなく腔のため、実質サブフィールドより遺伝率が低い可能性があります。一方で年齢、脳全体の萎縮、血管危険因子、ストレスや睡眠などの環境・生活要因が溝の見かけの体積に影響しやすいと考えられます。
大規模GWASでは海馬や他の皮質下核の体積に関連する多型が同定されており、発生・シナプス・細胞骨格に関わる経路が示唆されています。これらは海馬の形態全般に影響し、二次的に海馬溝の見かけの拡大/縮小にも関与しうると解釈できます。
従って、右海馬溝容積の遺伝と環境の比率は集団・年齢層・測定法で幅を持ちます。現状の実務では「遺伝30〜60%・環境40〜70%」程度の目安で解釈しつつ、個別データに即して補正するのが現実的です。
参考文献
- Hibar et al., Common genetic variants influence human subcortical brain structures (Nat Neurosci 2015)
- Satizabal et al., Genetic architecture of subcortical brain structures (Nat Genet 2019)
- Wisse 2017 harmonized protocol (context for subfields)
解釈・正常範囲・異常時の対応
右海馬溝容積は、同一解析法で得た年齢・性・頭蓋内体積で補正した指標(zスコア)として解釈するのが安全です。単回測定の絶対値だけで病的か正常かを断ずることは推奨されません。
普遍的な「正常値レンジ」は存在せず、装置・撮像条件・分割法によって値は変動します。大規模コホート(例:UK Biobank)や施設内リファレンスを用いたノモグラム参照が実用的です。
明らかな拡大が見られた場合は、海馬本体の体積や皮質厚、白質病変、海馬スコア(例:MTAスコア)などと併せた全体評価、必要に応じ神経心理検査、てんかん既往の聴取、縦断追跡を検討します。
臨床疑義が強ければ神経内科・てんかん専門医・認知症外来での精査を勧めます。長期フォローには同一装置・同一パラメータの再撮像や縦断解析(テンプレート法)が有用です。
参考文献

