匂いの感じやすさ(ブルーチーズ)
目次
匂いの感じやすさ(ブルーチーズ)の概要
ブルーチーズの匂いは、熟成中に青カビ(Penicillium roqueforti)が生成するメチルケトン(2-ヘプタノン、2-ノナノンなど)、短鎖脂肪酸(酪酸、イソ吉草酸)やアンモニアなどの揮発性化合物の混合で構成されます。これらは「刺激的」「土っぽい」「ナッツ様」など多様に知覚され、個人差が非常に大きいことが知られています。
同じ化合物でも、閾値(どのくらい薄くても気づけるか)と快・不快評価は必ずしも一致しません。たとえばイソ吉草酸は足の匂いにも似るとされますが、熟成乳の文脈では心地よく感じる人もいます。このように感受性は化学、文脈、学習が交差する現象です。
品種や製法によって匂いのプロファイルは異なり、菌株や熟成期間、塩分、水分活性がメチルケトンや脂肪酸の生成に影響します。従って「ブルーチーズらしさ」も一様ではなく、銘柄間での違いも感受性に影響します。
人による感受性のばらつきは心理物理学的試験で定量化できます。嗅覚受容体の遺伝的多様性がこのばらつきの一因であり、同じ濃度でも強く感じたり、別の香調として解釈したりすることがあります。
参考文献
- Blue cheese (Wikipedia)
- Isovaleric acid (Wikipedia)
- The missense of smell: functional variability in the human odorant receptor repertoire (PNAS 2014)
遺伝的要因と環境的要因の比率
嗅覚の個人差は、遺伝と環境の双方に由来します。双生児研究では、嗅覚の識別能力や好みには中等度の遺伝率が示され、概ね30〜50%が遺伝で説明されうると報告されています。残りは生活習慣や文化、経験などの環境要因によるものです。
特定の臭気分子に対する応答は、単一の嗅覚受容体遺伝子の多型で大きく左右されることがあります。たとえばアンドロステノンではOR7D4のアミノ酸置換が感受性と快不快の両方に大きく影響します。
一方で、ブルーチーズを構成するメチルケトンや短鎖脂肪酸などの混合臭では、複数受容体の組み合わせが関与するため、遺伝の寄与は中等度で、経験や反復曝露による学習効果が大きくなります。嗅覚トレーニングで閾値が改善することも示されています。
総合すると、ブルーチーズの匂いの感じやすさの目安として、遺伝30〜50%、環境50〜70%程度とみなすのが実務的です。ただし化合物や個人背景により幅がある点に留意が必要です。
参考文献
- Genetic analysis of chemosensory traits in human twins (Chem Senses 2012)
- Genetic variation in a human odorant receptor alters odour perception (Nature 2007)
- Effects of olfactory training in patients with olfactory loss (Laryngoscope 2009)
匂いの感じやすさの意味・解釈
匂いの感受性が高いことは病気を意味するわけではありません。むしろ受容体の応答性が高い、あるいはにおいの文脈の学習が進んでいるなど、健常な多様性の範囲内での差です。
不快に感じる場合でも、それは「悪い鼻」ではなく、過去の経験や文化的背景から学習された連想(例えば足の匂い、動物的香調)に影響されます。熟成乳製品への曝露やペアリング体験で評価が変わることがあります。
逆に、感じにくい人は香りの複雑さを十分に拾えていない可能性があり、温度や量、食べ合わせを工夫することで知覚が変わることがあります。冷やすと揮発が抑えられ、刺激感が穏やかになります。
加齢や上気道炎、鼻炎などは一過性または慢性的に感受性を下げることがあり、体調管理も解釈の一部です。異常を感じる場合は耳鼻咽喉科での評価が推奨されます。
参考文献
関与する遺伝子および変異
人の嗅覚は約400種類の嗅覚受容体(OR)遺伝子群の組合せで匂いを符号化します。各ORは複数の化合物に反応し、ひとつの化合物は複数のORを活性化します。配列多型により受容体の感度や選択性が変化します。
ブルーチーズ香の主要成分であるメチルケトンや短鎖脂肪酸にも応答するORが存在し、個人差は多数のOR多型の累積効果から生じると考えられます。現時点で「ブルーチーズ専用」の単一遺伝子は確立していません。
具体例として、OR7D4変異はアンドロステノン感受性と快不快の差を生み、OR6A2はコリアンダーのソープ様香の感じやすさに関連します。これらは食経験の香り個人差が遺伝で説明されうる典型例です。
またOR2J3やOR5A1など、特定の香気に対する感受性差と関連づけられたORも報告されています。これらの知見は、ブルーチーズ香のような混合臭における多遺伝子寄与を支持します。
参考文献
- Odor coding by a mammalian receptor repertoire (PNAS 2009)
- Genetic variation in a human odorant receptor alters odour perception (Nature 2007)
- A variant near olfactory receptor genes influences cilantro preference (Flavour 2012)
- A common variation in OR2J3 is associated with sensitivity to cis-3-hexen-1-ol (Curr Biol 2013)
その他の知識と実践的ポイント
においの感じやすさは混合・温度・順応(嗅順応)で大きく変わります。盛り付け前に少し冷やす、空気に触れさせてアンモニアを飛ばす、パンやはちみつと合わせるなどで主観的な刺激が和らぎます。
嗅覚は学習可能です。短時間でも反復して香りを嗅ぐ「嗅覚トレーニング」は閾値や識別の改善に寄与します。過敏に感じる人も、薄い量から段階的に慣れると受容性が高まることがあります。
年齢や性別、喫煙、鼻炎などの健康要因も感受性に影響します。急な低下や左右差、味の低下を伴う場合は医療機関での評価が重要です。
最後に、ブルーチーズの香りは多様で、製品選びで体験が変わります。ゴルゴンゾーラ・ドルチェなど穏やかなタイプから試すと、過度な刺激を避けながら香りの複雑さを楽しめます。
参考文献

