匂いの感じやすさ(アスパラガスを食べた後の尿)
目次
概要
アスパラガスを食べた後、尿に独特の硫黄系の匂いが現れる現象は古くから知られています。これは主にアスパラガス特有の成分「アスパラガシック酸」が体内で代謝され、揮発性硫黄化合物となって排泄されるためです。ところが、この匂いを強く感じる人と、ほとんど感じない人がいます。
匂いの「感じやすさ」は二つの側面から成ります。1つは誰もがほぼ同様に行う「匂い物質の産生」、もう1つは個人差が大きい「匂いの知覚(嗅覚)」です。研究の蓄積により、後者、すなわち嗅覚の差が主要因だと考えられるようになりました。
匂いは食後比較的すぐ、概ね15〜30分で現れ、数時間で弱まることが多いと報告されています。水分摂取量や尿の濃さ、食べた量や調理法によっても体感は変わります。鼻づまりなど一時的な嗅覚低下も体験を左右します。
遺伝学的研究(GWAS)は、嗅覚受容体遺伝子群のバリアントが「アスパラガス尿の匂いを感じ取れるか」に強く関連することを示しました。これは「作る量」ではなく「感じ方」が主に遺伝で規定されることの裏付けです。
参考文献
- NEJM: A Common Variant in a Cluster of Olfactory Receptor Genes Is Associated with the Ability to Detect the Odor of Asparagus Metabolites
- Wikipedia: Asparagus urine odor
遺伝と環境の寄与
正確な割合を決める厳密な双生児研究は多くありませんが、大規模なゲノム関連解析と自己申告データの整合から、遺伝要因の寄与が大きいというコンセンサスがあります。嗅覚受容体遺伝子クラスターの多型と強固な関連が示されています。
一方で、匂いの体験は環境要因にも左右されます。水分摂取で尿が薄まれば匂いは弱く感じられ、調理法(焼く・茹でる)や摂取量、摂取からの経過時間、鼻炎・風邪・喫煙・加齢といった嗅覚の状態も影響します。
公開データからの推測としては、遺伝の寄与は過半を占める可能性が高く、環境の寄与も無視できません。研究者はしばしば幅をもって解釈し、遺伝が優位だが環境も重要という二項対立でなく連続体として捉えています。
したがって実務的には「遺伝が主、環境が従」という理解が妥当です。ただし個々人の一回ごとの体験は環境に大きく揺さぶられるため、同じ人でも日によって感じ方が変わることがあります。
参考文献
- NEJM: A Common Variant in a Cluster of Olfactory Receptor Genes Is Associated with the Ability to Detect the Odor of Asparagus Metabolites
- 23andMe blog: Genetics of asparagus anosmia
意味・解釈
アスパラガス尿の匂いの感じやすさは、医学的にはほぼ無害な嗅覚の個人差を反映します。腎機能や肝機能の異常を直接示す所見ではなく、病気と混同する必要はありません。安心してよい生理的な現象です。
この違いは嗅覚受容体のバリアントという「感度設定」の差に近く、色覚の個人差にたとえられることもあります。感じる・感じないのどちらが優れているという価値判断は不要です。
ただし、いつもと異なる強い悪臭や血尿、排尿痛、発熱などがある場合は別の病気の可能性があるため、一般のアスパラガス尿とは区別して医療機関で評価すべきです。
社会的には、話題性のある現象として家族や友人間での体験の違いを共有するきっかけになり、嗅覚の多様性を理解する教材にもなります。科学コミュニケーションの良い題材です。
参考文献
関与する遺伝子と変異
ゲノムワイド関連解析では、染色体1qの嗅覚受容体遺伝子クラスター(OR2M7、OR2M3、OR2L13 など)付近の多型が、匂いを検知できるかどうかと強く関連しました。これらは揮発性硫黄化合物に反応する可能性がある受容体です。
代表的なSNPとして rs4481887(OR2M7 近傍)が報告されていますが、連鎖不平衡下にある複数のSNPが関与しており、単一変異というより領域全体のバリアントの組み合わせが感度を左右すると考えられます。
これらの多型は受容体タンパク質の配列や発現量、あるいは嗅上皮での受容体の配置を変え、特定の硫黄化合物に対する反応閾値を上下させると推測されています。機能解析は今後の課題です。
集団差もみられ、祖先集団により関連SNPの頻度が異なる可能性が示されています。多遺伝子性形質であり、単一の「原因遺伝子」で全てを説明できるわけではありません。
参考文献
- NEJM: A Common Variant in a Cluster of Olfactory Receptor Genes Is Associated with the Ability to Detect the Odor of Asparagus Metabolites
- 23andMe blog: Genetics of asparagus anosmia
その他の知識
匂いの主成分として、S-methyl thioacrylate や S-methyl 3-mercaptopropionate などの揮発性硫黄化合物が候補とされます。これらはアスパラガシック酸由来で、極めて低濃度でも人間の嗅覚が反応します。
匂いは食後短時間で現れますが、尿が濃いと強く、薄いと弱く感じます。茹でる・焼くなどの調理法の違いが代謝産物の量やプロファイルを変え、体感に影響する可能性があります。
かつては「匂い物質を作らない人がいる」とも言われましたが、現代の分析では多くの人が何らかの臭気物質を産生しており、感知の可否が主な差であることが示唆されています。
自分で確かめる簡便な方法は、数本のアスパラガスを食べ、30〜60分後に尿の匂いを嗅ぐことです。鼻炎や喫煙など嗅覚を鈍らせる条件は避け、十分に水分を摂って体調の良い時に試すと再現性が上がります。
参考文献

