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前房深度

目次

定義と測定

前房深度(anterior chamber depth, ACD)は角膜裏面から水晶体前面までの距離で、成人では平均およそ2.7〜3.2mm程度です。角膜形状や眼軸長、水晶体の厚みなどの眼球解剖因子により個人差が生じます。

臨床では細隙灯でのVan Herick法、隅角鏡検査(ゴニオスコピー)、前眼部OCTや超音波生体顕微鏡(UBM)、あるいは光学式眼軸長測定装置で正確に評価されます。各検査は利点と限界が異なり、総合判断が重要です。

ACDは静的な値ではなく、瞳孔径の変化や調節、体位、薬剤の影響などで短時間にもわずかに変動します。したがって測定条件の統一と再現性の確認が求められます。

小児と成人、高齢者では標準値が異なり、加齢に伴い水晶体肥厚と前方移動によりACDは一般に浅くなります。屈折状態とも関連し、遠視眼で浅く、近視眼で深い傾向があります。

参考文献

臨床的意義(閉塞隅角との関連)

ACDが浅いことは隅角が狭くなりやすい解剖学的素因を示し、原発閉塞隅角(PAC)や原発閉塞隅角緑内障(PACG)の重要なリスク因子です。PACGは失明リスクの高い疾患で、早期発見と介入が視機能予後を左右します。

浅前房では瞳孔ブロックが起点となり前房水の流出抵抗が上がり、虹彩が前方へ膨隆して隅角が閉塞しやすくなります。プラトー虹彩や毛様体の前方回旋など別機序も存在します。

軽度の狭隅角では自覚症状に乏しい一方、急性閉塞では眼痛・頭痛・虹視・悪心などの劇症状を呈し、緊急処置が必要です。臨床では隅角鏡とOCTで形態評価を行い、危険度に応じ予防的レーザー虹彩切開が検討されます。

疫学的に東アジア人、高齢者、女性で浅前房とPACGの頻度が高く、公共保健上の課題です。地域健診や屈折手術前評価などでACDを確認することにより、未診断の狭隅角者を拾い上げられます。

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影響因子(年齢・屈折・民族・性別)

ACDは加齢で浅くなる傾向が最も確立した所見で、主に水晶体の肥厚・前方移動が関与します。加齢性白内障の進展も関与し、臨床での定期評価が推奨されます。

屈折では遠視(短眼軸)で浅く、近視(長眼軸)で深い傾向があり、屈折矯正の計画や術前評価においてACDの把握が重要です。

民族差として東アジア系集団で浅前房が比較的多く報告され、PACGの地域差に寄与します。女性は眼球サイズや水晶体形状の差から浅前房の頻度が高いとされます。

薬理学的・環境的因子として暗所や抗コリン薬・交感神経作動薬など瞳孔散大を起こす状況は、素因のある眼で相対的に隅角を狭める可能性があります。

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遺伝学と関連遺伝子

双生児研究ではACDの遺伝率は概ね0.6〜0.7と推定され、ACDには強い遺伝的寄与がある一方、環境要因の余地も残ります。

ゲノム関連解析では、原発閉塞隅角の感受性遺伝子としてPLEKHA7、COL11A1、EPDR1、PCMTD1-ST18などが同定され、前眼部形態の遺伝学的制御が示唆されます。

一部の輸送体遺伝子や細胞接着関連遺伝子も前眼部深度や隅角形態と関連する報告があり、今後の機能研究が期待されます。

ただし個々の遺伝子変異だけでACDを規定するのではなく、多数の多型が小さな効果を累積し、加齢や屈折・民族的背景と相互作用すると考えられます。

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検査・診療と治療の概観

ACDが浅く狭隅角リスクが高いと判断される場合、予防的レーザー虹彩切開(LPI)が標準的な選択肢です。LPIは瞳孔ブロックを解除し、急性発作の予防に有効です。

近年は水晶体摘出(白内障手術や無水晶体眼化)が前眼部の広がりと眼圧コントロールに有利なことが示され、特に高眼圧や既存の閉塞隅角疾患では第一選択となる場面があります。

診療ガイドラインはゴニオスコピーと前眼部OCTによる層別化を推奨し、薬物治療(ピロカルピンや眼圧下降薬)は状況に応じ補助的に用いられます。

医療制度上、日本ではこれらの治療は公的医療保険の対象です。費用負担は年齢・所得に応じた自己負担割合と高額療養費制度の適用により変動します。

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