低血糖
目次
定義と分類
低血糖とは、血液中のブドウ糖(血糖)が生理的に必要なレベルを下回る状態を指し、糖尿病の有無を問わず起こり得ます。臨床では、症状と血糖低下、補正により改善するという三徴(ウィップルの三徴)が診断の基本です。
国際的には段階的分類が広く用いられ、一般に血糖70mg/dL未満が注意域、54mg/dL未満が臨床的に重要な低血糖、外部からの援助を要する状態が重症低血糖と定義されます。こうした共通言語により治療や研究の比較が容易になります。
糖尿病治療中の低血糖は薬剤性が中心ですが、飢餓、アルコール、肝腎機能障害、ホルモン欠乏、先天性代謝異常など多様な原因でも発生します。背景により再発リスクや対応が異なるため、原因同定が重要です。
低血糖は短期的には意識障害や外傷の危険、長期的には心血管イベントの増加や「低血糖無自覚」の形成などの不利益が知られます。適切な教育とテクノロジー活用により予防可能性が高い合併症です。
参考文献
- ADA Standards of Care 2024(低血糖の定義・分類)
- Seaquist et al., Hypoglycemia and Diabetes(ADAワーキンググループ報告)
- Endocrine Society 成人低血糖ガイドライン
症状
低血糖の症状は自律神経症状と中枢神経症状に大別されます。前者には動悸、発汗、振戦、不安、空腹感などがあり、血糖の急低下時に現れやすく、早期の気づきに役立ちます。
中枢神経症状はブドウ糖欠乏による脳機能低下で、集中困難、言語障害、行動変化、視覚異常、眠気、けいれん、意識障害まで幅広く、進行すると日常生活や安全に重大な影響を及ぼします。
糖尿病で低血糖を繰り返すと、警告症状が乏しくなる「低血糖無自覚」が起こり得ます。これは重症低血糖の危険因子であり、治療目標や薬剤調整、教育の見直しが必要となります。
高齢者では症状が非典型的で転倒・せん妄として表れることがあり、小児では行動変化や夜尿などが手がかりになることもあります。年齢や併存症に応じた対応が求められます。
参考文献
発生機序
正常では血糖低下に対し、まずインスリン分泌が抑制され、続いてグルカゴンとアドレナリンが分泌されて肝の糖新生・糖放出を促進します。この反応により血糖は恒常性を保ちます。
糖尿病ではインスリン外因性投与やβ細胞の機能障害により、グルカゴン応答が減弱し、さらに自律神経反応も低下することで、低血糖からの回復が遅れ重症化しやすくなります。
低血糖を反復すると、視床下部の感知閾値が低下し、警告症状が出にくくなる「低血糖関連自律神経不全(HAAF)」が生じます。これが負のスパイラルを生み、再発を招きます。
アルコール摂取や肝不全、重症感染症などでは肝での糖新生が抑制され、長時間の絶食や運動と相まって低血糖のリスクが高まります。背景病態に応じて機序は複合的です。
参考文献
関連する遺伝的要因
低血糖そのものは症候ですが、発症に遺伝的素因が関与する病態があります。代表は先天性高インスリン血症で、乳幼児期の反復低血糖の原因として重要です。
先天性高インスリン血症では、膵β細胞のKATPチャネル関連遺伝子(ABCC8, KCNJ11)やGCK, HADHなどの病的変異が知られ、過剰なインスリン分泌を招きます。遺伝形式は常染色体劣性・優性のいずれも報告されています。
他にも糖原病(G6PC, SLC37A4, AGLなど)、脂肪酸酸化異常(ACADMなど)や下垂体・副腎疾患に伴うホルモン欠乏症が遺伝的背景となり、小児期の低血糖原因となります。
これらは稀少疾患であり、一般の成人低血糖の大半は遺伝よりも環境・薬剤性が中心です。家族歴や発症年齢、再発パターンから遺伝学的精査の適応を判断します。
参考文献
- GeneReviews: Congenital Hyperinsulinism
- Huopio et al., Congenital hyperinsulinism overview
- GeneReviews: Glycogen Storage Disease Type I
治療と予防
意識が明瞭な軽・中等症では、ブドウ糖やブドウ糖含有飲料15gを摂取し、15分後に再測定して不足なら再度摂取する「15ルール」が推奨されます。脂肪分の多い菓子は吸収が遅く避けます。
重症で経口摂取不能時は、救援者がグルカゴン製剤(注射または鼻噴霧)を使用し、医療機関では静脈内ブドウ糖を投与します。原因薬剤(スルホニル尿素など)によっては再発監視が必要です。
予防には、食事・運動・薬剤のバランス調整、飲酒時の工夫、就寝前測定、低血糖教育、自己血糖測定や持続血糖測定(CGM)の活用が有効です。アラーム付きデバイスは早期検知に役立ちます。
糖尿病では治療目標を個別化し、低血糖の既往や無自覚があれば薬剤選択や用量を見直します。チーム医療と反省記録により、再発パターンの同定と行動修正を継続します。
参考文献

