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乳糖耐性

目次

乳糖耐性の概要

乳糖耐性(ラクターゼ持続)は、乳児期以降も小腸の刷子縁で乳糖分解酵素ラクターゼの活性が保たれ、牛乳や乳製品に含まれる乳糖を不快症状なく消化・吸収できる体質を指します。世界では多数派が乳糖非持続(成人型ラクターゼ低下)であり、乳糖耐性は特定の集団で高頻度に見られる獲得的な遺伝形質です。

この形質は主にLCT遺伝子の遠位調節領域の一塩基多型(SNP)により制御されます。とくに欧州系ではMCM6遺伝子内の−13910C>T(rs4988235)変異が転写調節を高め、成人になってもラクターゼが発現し続けます。アフリカや中東、南アジアなどでは起源の異なる複数の機能的変異が同様の表現型を生み出します。

文化的慣習である牧畜・乳の継続摂取と、乳糖耐性の遺伝子変異は共進化してきたと考えられています。遊牧や酪農が盛んな地域では乳が重要な栄養源として機能し、乳糖耐性が強い正の自然選択を受けて頻度が上昇しました。これはヒト集団で最も強い選択の一つとされています。

乳糖耐性そのものは疾患ではなく、無症状の体質です。ただし乳糖消化能は症状の有無に直結するため、栄養指導や臨床判断では乳糖非持続(不耐)と区別して理解することが重要です。

参考文献

発生機序(分子・生理)

乳糖はグルコースとガラクトースからなる二糖で、小腸上皮のラクターゼ-フロリジン水解酵素(LCT遺伝子産物)により単糖に分解され吸収されます。乳児期は高発現ですが、多くのヒト集団では離乳後に転写が抑制され、成人で活性が低下します。

乳糖耐性では、LCT遺伝子の上流遠位エンハンサーにある特定SNPが転写因子の結合親和性を変え、エンハンサー活性を維持します。その結果、成熟後もラクターゼのmRNAと酵素活性が高く保たれます。

欧州系で代表的なrs4988235(−13910C>T)変異は、OCT1などの転写因子結合に影響し、クロマチンの開放状態を促進すると示されています。アフリカ系では−14010G>C、−13907C>G、−13915T>Gなど複数の機能変異が同様のエンハンサー作用を持ち、収斂進化の好例です。

生理学的には、ラクターゼ活性が保たれるほど未消化乳糖が大腸へ到達する量が減り、浸透圧性の水分移動や腸内発酵(ガス産生)が起こりにくくなります。したがって乳糖耐性者は通常、乳糖摂取で腹部症状を示しません。

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遺伝的要因(関連遺伝子・変異・遺伝率)

主要遺伝子はLCTですが、成人期の発現は隣接するMCM6遺伝子内の遠位調節領域SNP群により制御されます。欧州ではrs4988235 Tアレルが、東アフリカや中東では別起源の機能アレルが乳糖耐性と強固に連鎖しています。

家系研究・集団遺伝学から、乳糖耐性は実質的に単一遺伝子で大きな効果を持つメンデル形質として振る舞います。欧州系ではrs4988235の遺伝子型が表現型の大部分を説明し、優性に近い作用様式を示します。

表現型の遺伝率は集団に依存しますが、双生児研究や家系解析から高いことが示唆され、多くの集団で80–95%が遺伝的差異で説明されると推定されます。残差は測定誤差や腸内環境、摂食習慣などに起因します。

なお、腸内細菌叢や乳の摂取経験が症状の出方に影響することはありますが、ラクターゼ発現の持続そのものを後天的に獲得・消失させる確固たる方法は知られていません。

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環境要因と臨床的影響

乳糖耐性は遺伝が主因ですが、腸内細菌叢の構成や食事パターンは、同じ遺伝型でも症状の有無や許容量の体感に影響します。乳糖非持続者でも少量の乳や発酵乳製品は耐容できることが多く、分割摂取や食事と一緒に摂ると症状が出にくくなります。

発酵乳(ヨーグルト、ケフィア)や硬質チーズは乳糖含量が少なく、症状リスクが低い食品です。また、継続的な少量摂取で腸内細菌が乳糖をより効率的に代謝し、不快症状が軽減することもあります。

一方で、腸疾患(小腸炎、セリアック病)、小腸粘膜の傷害、SIBOなどは一時的に乳糖消化能を下げることがあり、基礎疾患の治療により改善します。これらは乳糖耐性の遺伝形質とは区別される二次性乳糖不耐です。

臨床では、症状の有無だけで乳糖耐性かを断定せず、水素呼気試験や遺伝子検査と照合して、食事指導やサプリ(経口ラクターゼ)使用の必要性を個別に判断します。

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疫学・検査・公衆衛生

乳糖耐性の頻度は地理的に大きく異なります。北西欧や一部のアフリカ遊牧民集団では高頻度(60–90%以上)、東アジアや先住アメリカ、オセアニアの多くでは低頻度です。これは酪農文化との共進化の結果と考えられます。

日本では成人の多くが乳糖非持続で、乳糖耐性は少数派です。ただし個人差は大きく、耐容量も習慣で変わります。公衆衛生上は、栄養源としての乳製品の利点と、症状に応じた代替食品の選択をバランスよく伝えることが重要です。

診断には水素呼気試験(乳糖負荷後の呼気水素上昇の測定)、遺伝子検査(rs4988235などのSNP判定)、臨床的には除去・再負荷試験などが用いられます。二次性原因が疑われるときは基礎疾患の評価が必要です。

乳糖耐性の促進は予防の対象ではありませんが、乳糖非持続者では食品選択、少量からの漸増摂取、発酵乳の活用、OTCラクターゼ補充などで生活の質を保つことができます。

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