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乗り物酔い

目次

概要

乗り物酔い(動揺病)は、車・船・飛行機・VRなどで生じる感覚刺激の不一致により、吐き気や冷汗、めまいなどの自律神経症状を引き起こす状態です。多くの人に起こり得て、状況が強ければ誰でも症状が出る可能性があります。

感覚の不一致とは、視覚・前庭(内耳)・体性感覚からの情報が矛盾することで脳が混乱する現象を指します。代表的には、船室で本は読めるが視界が揺れない状況や、逆に甲板で外の水平線が見られない状況が挙げられます。

小児(特に6〜12歳)と女性に多く、2歳未満では稀です。年齢とともに発症頻度は低下する傾向があり、慣れや回避行動の学習も影響します。感受性には個人差が大きく、遺伝と環境の双方が関与します。

診断は臨床的で、特異的な検査は一般に不要です。治療は予防と対症療法が中心で、抗ヒスタミン薬やスコポラミンなどの薬剤、行動・環境調整、心理的戦略(不安の軽減)が柱になります。

参考文献

発生機序(理論)

代表理論は「感覚不一致理論」です。視覚、前庭、固有感覚の入力が一致しないと、脳幹や小脳の統合が乱れ、自律神経反射が活性化されて吐き気や冷汗が出ます。船内で本を読むと視覚は静止、内耳は揺れを感知し不一致が大きくなります。

「姿勢不安定理論」も提唱され、乗り物での予測困難な揺れにより姿勢制御が難しくなると酔いやすくなると説明します。訓練や前方注視が役立つ理由の一端と考えられています。

内耳耳石器と半規管の入力、視運動刺激(流れる景色)による視覚-前庭相互作用、小脳前庭系の可塑性が鍵です。体質や経験による前庭感受性の違いも症状の出やすさに影響します。

神経化学的にはヒスタミン、アセチルコリン、ドパミンなどの経路が関与し、これが抗ヒスタミン薬や抗コリン薬が有効な薬理学的根拠となっています。

参考文献

遺伝的要因

双生児・家族研究から感受性の遺伝率はおおむね中等度〜高めと推定されます。大規模GWASでは内耳発生、神経機能、糖代謝関連の座位が同定され、体質の関与が裏づけられました。

23andMeの研究では、複数の遺伝子座(例:内耳発生に関わる遺伝子群)が関連し、片頭痛や術後悪心など他の嘔気関連形質との相関も示唆されています。これは共通の神経基盤の存在を示します。

遺伝は感受性の「土台」を形作りますが、発症は環境や行動によって大きく変わります。十分な睡眠や前方注視などで症状が軽減できるのは、この可塑性ゆえです。

現時点で日常診療に用いる遺伝子検査は一般的ではありません。遺伝子ごとの効果量は小さく、予測は個人の既往や誘因の把握が依然として有用です。

参考文献

環境・行動要因と疫学

環境要因には、視覚固定できない座席、強い揺れ、悪臭、換気不良、読書やスマホ、不安、睡眠不足、アルコールなどが含まれます。前方席や水平線の見える座席選択、こまめな換気が有効です。

疫学的には、女性に多く、6〜12歳にピークがあります。2歳未満は稀で、年齢とともに感受性は低下します。誰でも十分強い刺激では酔い得る点も重要です。

世界的な有病率は状況依存ですが、一定条件下では3割前後が症状を示すとされ、荒天の船上など極端条件では多くの人が発症します。

日本でも傾向は概ね同様です。生活様式や交通手段の違いで誘因は変わりますが、基本的な予防策と薬物療法の有効性は共通しています。

参考文献

予防と治療

第一は予防です。出発前の十分な睡眠、軽食、アルコール回避、前方・進行方向の座席、水平線・遠景の注視、換気、読書や画面の回避、姿勢を安定させることが推奨されます。

薬物では、抗ヒスタミン薬(メクリジン、ジメンヒドリナート等)や抗コリン薬(スコポラミン貼付)が有効です。副作用として眠気や口渇があり、運転など注意が必要です。

嘔気が出た場合は休息、冷所での体位変換、少量の水分補給、必要に応じて制吐薬を用います。生姜やツボ刺激は補助的選択肢ですが、エビデンスは限定的です。

小児・妊娠中・高齢者・基礎疾患のある方は薬剤選択と用量に注意が必要です。既往歴や併用薬を踏まえ、医療者に相談すると安全です。

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