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乏精子症

目次

概念と臨床的意義

乏精子症は、精液中の精子濃度が基準より低い状態を指す用語で、不妊の原因となり得ます。世界保健機関(WHO)の第5版マニュアルでは1mLあたり1500万未満を下限参考値として示しましたが、第6版では単一の閾値の使い方に注意を促しています。臨床では連続した2回以上の検査で評価します。

症状は多くの場合で自覚されず、妊娠を望んでも成立しないことで初めて気づかれることが一般的です。下着の締め付けや入浴習慣などが直接の原因と誤解されがちですが、多くは複合要因で成り立ちます。したがって原因の絞り込みと再現性のある検査が重要です。

乏精子症は単独では病名というより臨床所見であり、視床下部‐下垂体‐精巣軸の内分泌異常、精巣原発の造精機能低下、精路通過障害など多様な背景を包含します。精子濃度、運動率、形態など他の所見と総合し、カップル双方の評価が推奨されます。

WHO第6版は、妊孕性の予測は単一の下限値で決まらないこと、分布の考え方と臨床文脈の重視を提起しました。これにより、個々の検体のばらつき、禁欲期間、体調、採取手技の影響を踏まえ、再検と包括的評価の重要性が再確認されています。

参考文献

原因:遺伝要因と後天要因

遺伝要因としては、Y染色体AZF領域の微小欠失、47,XXY(クラインフェルター症候群)、単一遺伝子の変異(NR5A1、TEX11、DMRT1など)が知られます。これらは造精機構の根幹に関わり、重度の乏精子症や無精子症として表現されることがあります。遺伝学的検査は重症度や臨床像に応じて選択されます。

後天的要因には、精索静脈瘤、停留精巣の既往、性感染症や流行性耳下腺炎後の精巣炎、化学療法や放射線、アナボリックステロイドやテストステロン製剤の使用などがあります。これらは温熱ストレス、酸化ストレス、内分泌フィードバック抑制などを介して造精を阻害します。

生活環境因子としては、喫煙、過度飲酒、肥満、睡眠不足、環境化学物質(農薬、フタル酸エステル、重金属)への暴露、長時間の高温環境などが挙げられます。関連は観察研究が主体で、個人差や交絡の影響があるため、リスクの低減は複合的に考える必要があります。

多くの症例では複数要因の相乗効果で乏精子症が形成されます。そのため、「単一の原因」を探すよりも、可逆的な要因の同定と修正、遺伝学的背景の把握、必要に応じた生殖補助医療の組み合わせが実践的です。

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病態生理(発生機序)

造精は精細管内での精原細胞の分裂と成熟、セルトリ細胞の支持、ライディッヒ細胞のテストステロン産生、そして下垂体からのFSH/LH分泌が精緻に連携することで成立します。どの階層でも障害が生じると、精子数の低下につながります。

精索静脈瘤では、陰嚢温度の上昇や静脈うっ滞に伴う酸化ストレスが精細管を損傷し、DNA断片化率の上昇や濃度低下を引き起こすと考えられています。修復術後に精液所見の改善が得られる例がある一方で、自然妊娠率への影響は個体差が大きいとされます。

内分泌学的には、視床下部性/下垂体性の性腺機能低下ではゴナドトロピン不足により造精が低下します。逆に外因性テストステロン投与はネガティブフィードバックでFSH/LHを抑制し、著しい乏精子症〜無精子症を招くことがあるため、挙児希望者には禁忌です。

遺伝学的異常では、Y染色体AZF領域の欠失により造精に必須な遺伝子群が失われ、重度の精子減少を来します。AZFc欠失では稀に残存造精がみられる一方、AZFa/b欠失は予後不良です。これらの病態は遺伝カウンセリングと治療方針の意思決定に直結します。

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診断と評価

診断の第一歩はWHOマニュアルに準拠した精液検査で、2〜7日の禁欲後に2回以上の検査を行い、検体間の変動を考慮します。濃度、運動率、形態、精液量、pH、白血球などを総合的に判定します。

病歴と身体診察では、思春期発来、嗅覚異常、感染既往、陰嚢内所見、二次性徴、精索静脈瘤の有無、精路の触診所見などを確認します。異常があればホルモン検査(FSH、LH、テストステロン、プロラクチン、甲状腺機能)を追加します。

重度の乏精子症(例:<500万/mL)や精液所見の著明な異常がある場合、染色体検査やY染色体微小欠失検査が推奨されます。低精液量や閉塞所見がある場合はCFTR変異の評価が検討されます。

画像検査は、精索静脈瘤評価のための陰嚢超音波、精路閉塞が疑われる場合の経直腸超音波などが用いられます。感染が疑われる際には培養、酸化ストレスやDNA断片化は選択的に用いられ、治療選択を補助します。

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治療と支援

原因に応じた治療が基本です。視床下部・下垂体性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症ではhCGとFSH製剤による造精誘導が有効です。精索静脈瘤では顕微鏡下結紮術などの外科治療が選択されます。感染があれば適切な抗菌薬治療を行います。

薬物的には、選択的エストロゲン受容体調節薬(クロミフェン等)やアロマターゼ阻害薬、抗酸化サプリメントが用いられることがありますが、エビデンスは病型により異なります。外因性テストステロンは避け、場合により禁断症状対策にhCG等を検討します。

生殖補助医療(ART)は有用な選択肢です。精子濃度と運動率が軽度低下の場合は人工授精(IUI)、より重度では体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)が検討されます。重度・無精子症でも回収精子とICSIの併用が選択肢となります。

日本では2022年から一定の不妊治療が公的医療保険の適用となりました。自己負担は原則3割で、適用範囲外の先進医療や付加的検査は自費となる場合があります。自治体の助成制度も地域差があるため、最新情報の確認が重要です。

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