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上皮成長因子(EGF)血清濃度

目次

定義と基礎知識

上皮成長因子(epidermal growth factor, EGF)は、53個のアミノ酸からなる小型のペプチド成長因子で、EGF受容体(EGFR)に結合して細胞増殖・分化や創傷治癒を促す役割を担います。EGFは唾液腺、血小板、マクロファージなど複数の組織・細胞で産生され、循環血中にも微量ながら存在します。臨床や研究の場では、血清または血漿中のEGF濃度が免疫測定法で定量されます。

「血清」は採血後の凝固過程で血小板から顆粒内容物が放出されるため、EGFは血漿より血清で高く測定されやすいという強い前分析要因の影響を受けます。したがって、血清EGFの数値は血小板活性化の程度や採血〜遠心までの時間、温度管理などに左右されます。

EGFはEGFRシグナルを介し、上皮細胞や一部間葉系細胞の生存や移動、上皮化を促進します。病態では腫瘍微小環境でのEGF/EGFR軸の活性化が増殖・浸潤・耐薬性に関与することが知られ、EGFR阻害薬が複数のがんで治療標的となっています。

ただし、血清EGF濃度自体は現在の一般診療では標準的な検査項目ではなく、主に研究目的で用いられます。腫瘍や創傷治癒、炎症関連研究において群間差や経時変化の指標として活用されますが、解釈には前分析・分析上の注意が不可欠です。

参考文献

測定と前分析要因

EGFの定量にはサンドイッチELISA、電気化学発光(MSD)、ビーズベースの多項目測定(Luminex)などの免疫測定法が用いられます。いずれも標準曲線に基づき未知検体の濃度を算出します。感度やダイナミックレンジはキットにより異なり、低pg/mL領域の検出が可能な高感度法が推奨されます。

前分析要因として、採血管(血清/血漿、抗凝固剤の種類)、室温での放置時間、遠心条件、凍結融解回数が大きく影響します。EGFは血小板由来が大きいため、血清では凝固時間が長いほど上昇しやすく、血漿ではEDTAやヘパリンの種類で測定値が変動します。

そのためプロトコルの標準化(例:採血後30分以内に遠心、氷上で管理、凍結は-80℃、凍結融解は最小限)が重要です。各キットの添付文書には推奨前処理が明記されており、同一研究内での手順の統一が再現性確保に不可欠です。

多施設共同研究や縦断研究では、同一ロットの試薬、同一プラットフォームの維持、QCサンプルによるドリフト補正、測定前のブラインド化などで系統誤差を抑制することが重要になります。

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基準範囲と解釈

EGFの基準範囲は測定系・マトリクス(血清/血漿)・前分析条件による差が大きく、単一の普遍的な正常値は確立していません。多くの健常成人血清では数十pg/mLの範囲に分布すると報告される一方、血漿では検出限界付近または不検出となることもあります。

したがって結果を解釈する際は、使用したキットのリファレンスデータ、同時測定の対照群、個体内変動(時間帯・食事・運動など)を考慮する必要があります。単回測定の絶対値よりも、同一条件下での縦断的変化や群間比較が有用です。

高値は血小板活性化や組織修復過程、妊娠、特定の腫瘍関連状態などで見られることがありますが、特異度は高くありません。低値もまた非特異的で、測定感度・前処理の影響をまず検討すべきです。

臨床診断の補助としての有用性は限定的であり、EGF単独では診断指標とせず、臨床像・他のバイオマーカー・画像所見など総合判断が推奨されます。

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遺伝学的背景と環境因子

EGF遺伝子のプロモーター領域にある多型(例:rs4444903, A61G)はEGF産生能に影響しうることが報告されています。がんの感受性研究で注目されてきましたが、循環EGF濃度への定量的影響は研究により異なります。

近年の大規模プロテオーム×ゲノミクス研究(pQTL研究)は多数の循環タンパク質で遺伝的規定性を示しており、EGFでもシス/トランスのpQTLが示唆されています。ただし、EGF特異の遺伝率推定(双生児・家系研究)は限られます。

免疫系表現型に関しては、非遺伝的要因(年齢、感染歴、生活習慣、季節、微生物叢など)の寄与が大きいことが繰り返し示されています。EGFもこれら環境・前分析要因の影響を強く受けると考えられます。

実務上は、遺伝と環境の寄与割合を固定値として扱うより、対象集団・測定法・共変量を明示してモデル化し、感度分析や再現性検証でロバスト性を確認するアプローチが推奨されます。

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臨床・研究での活用と限界

臨床研究では、EGF血清濃度が一部の腫瘍や創傷治癒、代謝疾患で変動することが報告されていますが、診断・スクリーニング目的の標準検査としての位置付けは確立していません。治療反応性の探索的バイオマーカーや病態生理の手掛かりとして使われます。

腎臓領域では血清よりも尿中EGFが遠位尿細管の健康度マーカーとして有望視され、CKD進行予測に関する報告が蓄積しています。これはEGFの局所的産生と上皮維持に関わる生理を反映するためです。

研究デザインでは、EGF/EGFR経路の活性化は組織局所の出来事であることが多く、循環濃度が必ずしも組織内シグナル強度を代表しない点に注意が必要です。組織染色、リン酸化シグナル、エクソソームなど補助的アッセイの併用が有用です。

今後は高感度多重測定、標準化された前分析手順、大規模縦断コホートでの再現性検証により、EGFの臨床的有用性がより明確になることが期待されます。

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