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マラリア合併症

目次

マラリア合併症の概要

マラリアは熱帯・亜熱帯地域に広く分布する原虫感染症で、特にPlasmodium falciparumによる感染は重症化しやすく、迅速な診断と治療が生命予後を左右します。合併症としては脳マラリア、重度貧血、代謝性アシドーシス、急性腎障害、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、低血糖、出血傾向やショックなどが代表的です。これらは数時間から数日の経過で進行することがあり、発熱の段階でも重症化サインを見落とさないことが重要です。

重症マラリアは「入院のうえ緊急治療が必要な状態」と定義され、臨床所見(意識障害、チアノーゼ、乏尿など)と検査所見(高乳酸血症、重度貧血、高寄生率、クレアチニン上昇、低血糖など)の組み合わせで評価します。WHOとCDCはいずれも、重症マラリアに対して静注アルテスネートの即時投与を推奨し、経口摂取可能になればアーテミシニン併用療法(ACT)で完遂することを標準としています。

世界的には2022年に約2億4,900万件の症例と約60万8,000人の死亡が推計され、その多くはWHOアフリカ地域で、5歳未満の小児が大部分を占めます。合併症を伴う重症例は死亡の主因であり、適切な診療体制とアクセスの差が転帰に大きく影響します。

日本ではマラリアは輸入感染症で、毎年数十〜100例程度の届出があり、非流行地からの渡航者や在留者が中心です。国内では流行はありませんが、発熱帰国者に対しては常に鑑別に挙げ、検査と治療が可能な医療機関へ早期に誘導する体制が重要です。

参考文献

臨床症状と重症化サイン

マラリアの初期症状は発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、倦怠感、食思不振、悪心・嘔吐など非特異的で、インフルエンザや消化器感染症と紛らわしいのが特徴です。とくに渡航歴の聴取が不十分だと見逃されることがあり、発熱患者の病歴に「過去1年の海外滞在」を必ず含めることが推奨されます。

重症化サインとしては、意識障害や錯乱、痙攣、呼吸困難または深呼吸、胸部痛、持続性の嘔吐、乏尿や暗褐色尿、黄疸、重度の衰弱(起き上がれない)などがあります。乳幼児では摂食不良や嗜眠、呼吸数増加が指標となり、妊婦では軽症でも急速に悪化することがあります。

検査では、重度貧血(ヘモグロビン低下)、血小板減少、代謝性アシドーシス(乳酸上昇)、低血糖、腎機能障害、肝機能障害、高寄生率(例:≥4–5%)などが重症度評価に用いられます。これらの所見があれば入院のうえ、集中治療レベルでの管理を考慮します。

症状は原虫種や免疫背景で異なります。P. falciparumは短期間で高寄生率に達し脳症や多臓器不全を起こしやすい一方、P. vivaxやP. ovaleでもまれに重症化が報告されます。既往曝露が少ない旅行者、5歳未満児、妊婦、HIV感染者、栄養不良者などは特に注意が必要です。

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発生機序(病態生理)

重症熱帯熱マラリアの中心的機序は、感染赤血球が血管内皮に粘着・停滞(セクエストレーション)し、微小循環を障害することにあります。感染赤血球表面のPfEMP1などの分子が内皮受容体と結合し、脳や肺、腎など臓器の毛細血管灌流を低下させ、組織低酸素と炎症を引き起こします。

この微小循環障害にサイトカインの過剰反応が重なり、内皮障害、血管透過性亢進、凝固異常が進行します。脳マラリアでは脳浮腫や血液脳関門障害が、肺ではARDSが、腎では急性尿細管壊死や血色素尿腎症が観察されます。

重度貧血は感染赤血球の破壊だけでなく、非感染赤血球の除去や骨髄抑制(無効造血)も関与します。さらに寄生虫や宿主代謝の変化により乳酸産生が亢進し、アシドーシスとショックへ進展します。低血糖は寄生虫のグルコース消費、宿主の消費亢進、キニーネなど一部薬剤の影響で増悪し得ます。

P. vivaxやP. knowlesiでも高寄生率や肺障害などを通じて重症化が起こり得ることが知られていますが、頻度はP. falciparumに比べ低いとされています。適切な初期治療の遅れと支持療法の不足が病態悪化を加速させるため、早期介入が鍵です。

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発症に関係する遺伝的要因

宿主側の遺伝的素因は重症化リスクを修飾します。とくに鎌状赤血球形質(HbAS)はP. falciparum感染に対する強い保護効果で知られ、重症マラリアの発生を大きく減少させます。HbCやαサラセミアも一定の保護効果が報告されています。

Duffy陰性(FYBES/FYBES)はP. vivaxの赤血球侵入に必須の受容体が欠如することで感染抵抗性を示します。これによりP. vivax流行が低いアフリカ地域が存在しますが、近年は例外的感染も報告されており、完全な防御ではありません。

G6PD欠損は原虫に対する感受性や重症化との関連が議論されてきましたが、臨床上はむしろプリマキンやタフェノキン投与時の溶血リスク管理が最重要です。そのため根治療法の前に定量的G6PD検査が推奨されます。

HLA多型や炎症関連遺伝子(例:TNF、IL-10など)の多型も重症度への影響が研究されていますが、効果の大きさは集団や環境で異なり、一般診療での遺伝学的リスクスコア活用は確立していません。したがって、遺伝要因と環境要因の「比率」を一律に示すことは現時点では困難です。

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環境・宿主背景要因、予防と早期発見

重症化のリスクは伝播強度、曝露歴、年齢、妊娠、HIV感染、栄養状態、合併症、治療開始の遅れなど多因子で決まります。流行地の小児や妊婦、非流行地からの旅行者は特に高リスクです。医療アクセスの悪さや偽薬の流通は転帰悪化に直結します。

予防では、流行地住民には殺虫剤処理蚊帳(ITN)や屋内残留噴霧(IRS)、季節性マラリア化学予防(SMC)、妊婦への間欠予防治療(IPTp)などの公衆衛生介入が有効です。旅行者には目的地に応じた化学予防(アトバコン・プログアニル、ドキシサイクリン、メフロキンなど)と防蚊対策が推奨されます。

早期発見には、発熱時にマラリアを常に鑑別に入れること、迅速診断検査(RDT)と顕微鏡検査を速やかに行い、陰性でも臨床的疑いが高ければ繰り返し検査することが重要です。PCRは感度が高いものの、結果に時間を要する場合があります。

日本では帰国後発熱の際、熱帯医学に経験のある医療機関へ早期受診すること、FORTH等の公的情報を活用し予防・受診先を事前に確認することが推奨されます。重症所見があれば救急要請をためらわないでください。

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