パーキンソン病認知症
目次
定義と位置づけ
パーキンソン病認知症(PDD)は、パーキンソン病の運動症状が発症した後に、持続的な認知機能低下が加わる状態を指します。臨床ではレビー小体型認知症(DLB)と近縁ですが、運動症状と認知症の出現時期で区別され、一般に「1年ルール」が用いられます。
PDDはパーキンソン病患者の20〜40%にみられ、罹病期間が長くなるほど累積リスクは高まり、長期追跡では多くの患者が生涯のどこかで認知症を呈します。これにより、患者本人と介護者の生活の質に大きな影響が生じます。
認知機能の低下は一様ではなく、注意・実行機能や視空間認知の障害が前景化しやすい一方、記憶障害はアルツハイマー病より相対的に軽いことが多いとされます。日内の認知の変動や幻視などの精神症状が伴うことも特徴です。
一方で、軽度認知障害(PD-MCI)の段階に留まる患者も少なくありません。PD-MCIは将来のPDDの前駆段階として注目され、早期の評価と介入が生活機能維持に資する可能性が示唆されています。
参考文献
- Movement Disorder Society Task Force: Diagnostic criteria for PDD (Emre 2007)
- Cognitive impairment in Parkinson disease (Aarsland 2017)
- The Sydney Multicenter Study: 20-year follow-up (Hely 2005)
- Parkinson’s Foundation: Cognitive Changes
症状の特徴
PDDでは、注意配分、処理速度、柔軟な思考や計画立案といった実行機能の障害が目立ちます。視空間認知の低下も頻出し、道に迷いやすい、物の位置関係が把握しづらいなど、日常生活上の支障として現れます。
記憶障害は遅延再生の障害よりも想起の効率低下が主体で、手掛かりの提示で改善することがあります。言語機能は比較的保たれやすいものの、語想起の遅さや会話の切り返しの難しさが見られることがあります。
精神・行動症状として、幻視や妄想、抑うつ、アパシー(意欲低下)、不安、日内の認知変動、過度の傾眠がみられることがあります。REM睡眠行動障害や自律神経症状も併存しやすく、全体として多面的な負担をもたらします。
運動症状と認知症状は互いに影響し合い、転倒、服薬管理の困難、運転や金銭管理の問題など、生活機能に直結します。早期からの包括的評価と家族・介護者への支援が重要です。
参考文献
- Cognitive impairment in Parkinson disease (Aarsland 2017)
- MDS PDD diagnostic criteria (Emre 2007)
- Parkinson’s Foundation: Cognitive Changes
発生機序
PDDの中心には、αシヌクレイン(レビー小体)病理の大脳皮質・辺縁系への広がりがあります。黒質のドパミン神経だけでなく、皮質・皮質下のネットワーク全体に変性が及ぶことで、注意・実行機能や視空間認知が障害されます。
コリン作動性神経系の障害、とくにマイネルト基底核の変性は、注意・覚醒の維持や認知変動、幻視の発現に関与すると考えられています。ドパミン、ノルアドレナリン、セロトニン系の不均衡も加わり複合的に症状を形成します。
また、PDDではアルツハイマー型のアミロイドβやタウ病理が共存することが少なくありません。こうした混合病理は記憶障害の強さや進行の速さに影響し、APOE ε4保有などの背景が関与する可能性が示されています。
脳血管病変や炎症、神経変性に伴うネットワーク障害も一部で寄与しうるとされます。個々の患者ではこれらの病理が重なり、臨床像の多様性と治療反応性の違いを生み出します。
参考文献
- Cognitive impairment in Parkinson disease (Aarsland 2017)
- Cortical cholinergic denervation in PD dementia (Bohnen 2003)
遺伝的要因
PDDそのものを単独で規定する遺伝子は確立していませんが、GBA1遺伝子の変異はパーキンソン病の発症とともに認知症リスクと進行の速さを高めることが示されています。保因者では若年発症や幻視の頻度増加が報告されています。
SNCA(αシヌクレイン)多重化や一部の変異は広範なレビー病理と認知障害の重症化と関連します。MAPT遺伝子のH1ハプロタイプは皮質病理と関連し、実行機能低下の素因となり得ると考えられています。
APOE ε4アレルはアルツハイマー病の強いリスク因子ですが、パーキンソン病患者でも認知症発症と認知低下の加速に関連する報告が多数あります。これらの遺伝背景は個人差の一因です。
一方、LRRK2変異は運動症状優位で比較的認知予後が良いことが多いなど、遺伝子型により臨床像が分かれることがあります。PDDの「遺伝率」自体は明確ではなく、多因子遺伝と環境・年齢因子の相互作用が現実的なモデルです。
参考文献
- GBA mutations and cognition in PD (Winder-Rhodes 2013)
- MAPT haplotype and PD cognition (Williams-Gray 2009)
- APOE ε4 and dementia in PD (Liu 2017 meta-analysis)
環境・臨床的要因
高齢発症、罹病期間の長さ、男性、姿勢反射障害や歩行障害優位型、幻視やRBD(レム睡眠行動障害)の存在は、PDDの発症リスクを高める臨床的特徴として報告されています。嗅覚低下も予測因子となり得ます。
血管危険因子(高血圧、糖尿病、脂質異常)や反復する低血圧発作・起立性低血圧は、脳の脆弱性と相まって認知低下を促進しうるため、積極的な管理が推奨されます。
抗コリン薬や一部の鎮静性薬剤はせん妄や記憶注意障害を悪化させるため、薬剤性の影響の見直しが重要です。感覚障害(難聴・視力低下)の補正は認知予後の改善に寄与する可能性があります。
身体活動不足、社会的孤立、睡眠障害、未治療の抑うつは一般の認知症リスク増加因子であり、パーキンソン病でも同様の傾向が示唆されています。生活習慣の最適化は非薬物的介入の柱です。
参考文献
- Predictors of dementia in PD (Anang 2014)
- Anticholinergic drugs and dementia risk (Coupland 2019)
- Prodromal and risk markers in PD (Postuma 2012/2019 reviews)
診断と治療
診断はMDSのPDD診断基準に基づき、日常生活に支障をきたす持続的な認知低下と複数領域の障害を確認します。スクリーニングにはMoCAやPD-CRSなどが用いられ、専門的な神経心理検査で詳細評価を行います。
治療薬としてはコリンエステラーゼ阻害薬リバスチグミンがPDDで有効性を示し、思考・行動症状の改善が報告されています。ドネペジルやメマンチンは一定の効果が示唆されるが、効果の大きさは限定的です。
幻覚・妄想にはピマバンセリン(日本未承認)やクロザピン、クエチアピンなどが使用されます。抗精神病薬の選択では錐体外路症状悪化のリスクを避けるため、専門医の管理が不可欠です。
非薬物療法として、運動療法、認知リハビリテーション、睡眠衛生、感覚補助(補聴器・白内障治療)、介護者教育が重要です。多職種連携により合併症の最小化と生活の質の維持を図ります。
参考文献

