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バレット食道

目次

概要

バレット食道は、食道の内側を覆う扁平上皮が、胃や十二指腸に見られる円柱上皮(しばしば腸上皮化生を伴う)に置き換わった状態を指します。主な背景には慢性的な胃食道逆流症(GERD)があり、胃酸や胆汁の刺激が長期にわたることで、粘膜が傷み、より耐酸性のある上皮に変化すると考えられています。欧米では食道腺がん(食道腺癌)の主要な前がん病変として知られ、内視鏡による経過観察が推奨されます。

診断は内視鏡で食道下端に胃粘膜様の領域(円柱上皮)を認め、病理組織で腸上皮化生(杯細胞)が確認されることが一般的な定義ですが、地域・学会によって定義が異なる場合があります。日本では「短区域」バレットと「長区域」バレットを区別することが多く、食道腺がんリスクは長区域でより高いとされます。

疫学的には、欧米での内視鏡検査対象集団における有病率は約1〜2%とされ、男性・高齢者・肥満者・白人で高い傾向が示されています。アジア・日本では欧米より低いとされますが、GERDの増加とともに報告は増えつつあります。

管理の基本は、逆流症状の制御と、病理学的に異形成(前がん状態)が確認された場合の内視鏡的根治療法(粘膜切除やラジオ波焼灼など)です。非異形成のバレット食道では定期的な内視鏡サーベイランスが推奨されますが、長さや所見に応じて間隔が推奨事項で異なります。

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症状

バレット食道自体は無症状のことが多く、症状は背景にある胃食道逆流症(GERD)による胸やけ、酸逆流、胸痛、嚥下時の違和感、慢性咳嗽や嗄声などが中心です。したがって、症状の有無だけでバレット食道の有無を判断することはできず、診断には内視鏡が必要です。

GERD症状が長年持続し、制酸薬で一時的に軽快しても再燃を繰り返す場合は、バレット食道の存在を念頭に置いて内視鏡検査が検討されます。特に男性、50歳以上、中心性肥満、喫煙歴、食道腺がんの家族歴などの危険因子を複数有する場合は、より注意が必要です。

バレット食道から腺がんに進展する過程でも、早期の段階では特異的症状に乏しいことが多く、定期サーベイランスの役割が重要です。進行すると嚥下困難や体重減少などが出現することがありますが、これは腺がん進行の所見であり、早期発見・早期治療の観点からは望ましくありません。

症状管理では、生活習慣の見直し(体重減少、就寝前の飲食回避、頭側挙上)とともに、プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの薬物療法が中心となります。症状が良くてもバレット食道の存在や異形成の有無は別問題であるため、医師と相談のうえで適切な内視鏡フォローを継続します。

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発生機序

バレット食道の中心的な発生機序は、慢性的な胃酸・胆汁逆流による食道扁平上皮の傷害と、それに続く修復過程での円柱上皮への置換(化生)です。逆流は食道裂孔ヘルニア、下部食道括約筋圧の低下、胃排出遅延など多因子で増悪し、微小炎症と酸化ストレスが持続します。

組織学的には、幹細胞の分化方向の変化や、食道胃接合部付近の固有腺管/残存多能性細胞が腸型上皮へ分化する経路が提唱されています。また、慢性炎症に伴うサイトカインシグナル(NF-κB、IL-6/STAT3など)や胆汁酸の受容体シグナルが寄与すると考えられています。

ゲノムレベルでは、GERDや食道裂孔ヘルニアと遺伝的に重なり合うリスクが示唆され、発生母地となる環境(酸・胆汁暴露)と遺伝素因が相互に作用する多段階過程です。化生から異形成、さらに腺がんへと進展するに従い、染色体不安定性やTP53変異などの分子異常が蓄積します。

ただし、すべてのGERD患者がバレット食道に進展するわけではなく、またバレット食道の多くはがん化しません。個人差には生活習慣、肥満・内臓脂肪、微生物叢、遺伝的素因など複数の因子が関与します。

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リスク因子(環境と遺伝)

環境・生活習慣では、慢性GERD、食道裂孔ヘルニア、肥満(特に中心性肥満)、喫煙が確立したリスク因子です。アルコールは一貫した関連が弱く、ヘリコバクター・ピロリ感染は逆相関(感染が少ないほどバレット食道が多い傾向)が示されています。

遺伝面では、第一度近親者にバレット食道や食道腺がんがいると、自身のリスクが約2〜3倍に上昇するという家族集積の報告があります。とはいえ、疾患全体を説明できる単一の強力な遺伝子は見つかっておらず、多数の共通多型による多因子遺伝が示唆されています。

大規模ゲノム関連解析(GWAS)では、BARX1、FOXF1、CRTC1、GDF7、FOXP1 などの近傍に関連シグナルが同定され、GERDや裂孔ヘルニアとの遺伝的重複も観察されています。これらは食道発生、平滑筋/結合組織、炎症経路などに関与する可能性があります。

現時点で、個人の発症確率を高精度に予測できるポリジェニックスコアは臨床実装段階ではなく、臨床では主に環境因子(肥満、喫煙、逆流の重症度・持続)と年齢・性別・人種・家族歴の組み合わせでリスク層別化します。

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診断・治療と予防

診断は上部消化管内視鏡で食道下端の円柱上皮領域を観察し、シアトルプロトコルに準じた多点生検で腸上皮化生や異形成の有無を確認します。非異形成のバレット食道は長さに応じて3〜5年ごとの内視鏡サーベイランスが推奨されます。

治療は、GERD症状や酸暴露の管理としてPPIが第一選択で、必要に応じてH2受容体拮抗薬を考慮します。異形成が確認された場合は、内視鏡的粘膜切除(EMR/ESD)により局所病変を摘除し、残存粘膜にラジオ波焼灼(RFA)や凍結療法などの内視鏡的根治療法を組み合わせるのが標準です。

外科的抗逆流手術(噴門形成術)は逆流コントロールに有効ですが、異形成バレットの根治療法に代わるものではありません。化学予防としてアスピリンの可能性が研究されていますが、出血リスクがあり、一般予防として一律推奨はされません。

予防の基本は、体重管理(特に内臓脂肪の減少)、喫煙中止、夜間遅い食事や大食の回避、頭側挙上、PPIによる酸抑制といった生活・薬物介入の組み合わせです。高リスク者では一度のスクリーニング内視鏡が検討されます。

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