トロンボモジュリン(TM)血清濃度
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概要
トロンボモジュリン(thrombomodulin, TM)は、血管内皮細胞の表面に発現する膜結合型糖タンパク質で、トロンビンと結合してその基質特異性を変化させ、抗凝固作用を担うプロテインCの活性化を促進します。この膜型TMが切断され血中に遊離したものが可溶性トロンボモジュリン(soluble TM, sTM)で、臨床では「TM血清(あるいは血漿)濃度」として測定され、内皮障害の指標として用いられます。
sTMは炎症や凝固異常、敗血症、播種性血管内凝固(DIC)、血栓性微小血管症、膠原病、慢性腎疾患など多様な病態で上昇しやすく、病態の重症度や予後と相関することが報告されています。一方で、測定法や試薬、検体(血清かクエン酸血漿か)、年齢や腎機能などの要因によって絶対値は影響を受けるため、解釈には文脈が重要です。
TM自体の生理学的役割は、抗凝固作用にとどまらず、トロンビンと複合体を形成してトロンビン活性を中和し、同時にプロテインC経路やTAFIの活性化を介してフィブリン形成や炎症反応を制御する点にあります。これらの作用は内皮保護・抗炎症の機能と密接に関連しています。
臨床検査としてのsTM測定は、特定疾患の診断単独マーカーというより、内皮障害の程度を包括的に把握し、他の凝固・炎症マーカーと合わせて重症度評価や治療反応性のモニタリングに役立てる位置づけと理解されます。
参考文献
- Thrombomodulin - Wikipedia
- Weiler & Isermann. Thrombomodulin. Arterioscler Thromb Vasc Biol (2003)
- Iba & Levy. Sepsis-induced coagulopathy and DIC. J Intensive Care (2014)
測定の意義
sTMの上昇は、内皮細胞膜からTMが切断・放出される現象を反映するため、内皮傷害の定量的なサロゲートと考えられます。敗血症やDIC、重症肺障害(ARDS)、COVID-19関連凝固異常など、内皮障害が中心的な役割を果たす病態で、sTMは重症度や死亡リスクの層別化に有用と報告されています。
特に集中治療領域では、Dダイマー、フィブリノゲン、血小板数、PT/INRなどの従来指標と併せ、sTMや可溶性Eセレクチン等の内皮マーカーを用いて「エンドセリオパチー(内皮障害)」の評価を行う研究が蓄積しています。これにより、抗凝固療法や抗炎症療法の適応選択や効果判定の補助となる可能性があります。
腎疾患や膠原病、移植医療、妊娠高血圧症候群などでもsTMは上昇し、疾患活動性や内皮機能の指標として探索的に活用されています。ただし、特異度は高くないため、単独での診断確定には用いず、臨床所見と他検査の統合解釈が不可欠です。
一方、低値そのものの臨床的意味は限定的で、検出感度や個体差、前分析要因の影響を受けます。重要なのは異常高値の背景にある内皮傷害の原因(感染、炎症、虚血再灌流、免疫異常、腎機能低下など)を同定し、治療標的を明確化することです。
参考文献
- Goshua et al. Endotheliopathy in COVID‑19. Lancet Haematology (2020)
- Iba & Levy. Sepsis-induced coagulopathy and DIC. J Intensive Care (2014)
解釈と基準範囲
sTMの基準範囲は測定法(ELISA、化学発光免疫測定、ラテックス免疫比濁法など)と試薬ロット、検体種(血清/クエン酸血漿)によって異なります。多くの市販ELISAでは、成人健常者で数ng/mL台(例:概ね3〜7 ng/mL)の範囲が提示されることが多いですが、各施設の基準値に従うことが原則です。
測定結果の解釈では、まず急性期反応や腎機能(クリアランス低下で偽高値になり得る)、年齢、喫煙、糖尿病などの影響を考慮します。同一個体内の経時的変化(トレンド)を見ることで、治療反応性や病勢の増悪を把握しやすくなります。
軽度上昇は非特異的で、広範な内皮ストレスでみられますが、高度上昇は重篤な内皮障害(敗血症性DIC、重症COVID-19、TMA、重度の腎不全など)を示唆します。他の凝固・炎症マーカーと組み合わせた包括的評価が推奨されます。
低値は一般に臨床的意味が乏しいものの、極端な低値や矛盾する所見がある場合は、測定エラーや前分析要因(採血管、溶血、保存条件)を確認し、必要なら再検や別法での確認を行います。
参考文献
測定法
sTMは主にサンドイッチELISA、化学発光免疫測定(CLEIA/CLIA)、ラテックス免疫比濁法で定量されます。いずれも抗原抗体反応に基づき、TM分子のエピトープを特異的に認識するモノクローナル抗体を用いて測定する方法です。
サンドイッチELISAでは、固相化捕捉抗体にsTMを結合させ、検出抗体(酵素標識)で挟み込み、基質反応による発色を吸光度で測定します。校正曲線から濃度を算出します。CLEIAでは発光標識体を用い、高感度かつ短時間で測定できます。
ラテックス免疫比濁法は、sTMに対する抗体でコートしたラテックス粒子が凝集する度合いを光学的に測定するもので、自動分析装置で迅速に多数検体を処理できる利点があります。一方で、エピトープ依存性や干渉物質の影響には注意が必要です。
検体は施設により血清またはクエン酸血漿が用いられます。前分析要因(採血管の種類、遠心時間、凍結融解回数、保存温度)を標準化することで、再現性と比較可能性が高まります。
参考文献
生物学的役割
TMはトロンビンと結合してトロンビンのプロテアーゼ活性の標的を変換し、プロテインCの活性化を促します。活性化プロテインC(APC)はVa、VIIIaを不活化することで凝固反応を制御し、抗凝固・抗炎症作用を発揮します。
TM-トロンビン複合体は、TAFI(トロンビン活性化線溶阻害因子)も活性化し、線溶系の調節にも関与します。さらに、TMには内皮細胞の細胞保護や抗炎症シグナル伝達を担う領域があり、凝固と炎症のクロストークの要として機能します。
TM遺伝子(THBD)の変異は稀ですが、内皮機能異常や凝固異常に関与し得ます。ただし、日常診療で測定するsTM濃度は、主として獲得的な内皮障害を反映する指標であり、遺伝的背景よりも環境・病態要因の影響が大きいと解釈されます。
これらの知見は、敗血症やDIC、COVID-19関連内皮障害に対する治療戦略(抗凝固療法や内皮保護療法)の理論的基盤ともなっており、sTMは病態理解と治療開発の両面で重要なバイオマーカーです。
参考文献

