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デングショック症候群

目次

概要

デングショック症候群は、デングウイルス感染症の最重症形態で、主に血漿漏出による循環不全(ショック)を特徴とします。デングウイルスはフラビウイルス科に属し、Aedes属の蚊を介して伝播します。感染後、発熱期ののち臨界期に入ると、急速な血漿漏出が起こり、適切な輸液がなければ致死的になりうるため、迅速な対応が不可欠です。

臨床的には、急激な血圧低下、脈圧の低下、四肢冷感、皮膚の湿潤、尿量減少などのショック所見に加え、ヘマトクリットの上昇や血小板減少が観察されます。ショックはしばしば発熱が下がりはじめる臨界期に起こるため、症状が軽快してきたように見える時期に重症化が起こりうることが重要です。

重症化のリスクは、二次感染(異なる血清型への再感染)、年少児、特定のウイルス株、そして宿主側の免疫応答や遺伝的背景など多因子で規定されます。適時のモニタリングとガイドラインに沿った段階的な輸液管理により、致死率は1%未満まで低下させることが可能とされています。

診断は、デング感染の証拠(NS1抗原、RT-PCR、または血清学)と臨床・検査所見(ヘマトクリット上昇、血小板減少、臓器機能異常など)に基づいて行われます。特に臨界期の24–48時間は厳密な観察が必要で、警告徴候を捉えて早期に介入することが予後を左右します。

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症状と警告徴候

デングショック症候群では、発熱期の後に臨界期へ移行すると、強い倦怠感、腹痛、持続する嘔吐、粘膜出血、肝腫大、体液貯留(胸水・腹水)などが現れやすくなります。これらは血漿漏出が進行しているサインであり、直ちに医療機関で評価されるべきです。

ショックの客観的所見としては、脈圧の狭小化(≤20 mmHg)、頻脈、四肢冷感、皮膚斑状、毛細血管再充満の遅延、尿量低下が挙げられます。検査ではヘマトクリット上昇を伴う血小板減少、軽度から中等度の肝酵素上昇、乳酸上昇がみられ、重篤例ではDICや臓器不全に進展します。

小児では非特異的なぐったり感や食欲低下のみで進行する場合があり、家族や保護者が警告徴候に気付くことが特に重要です。成人では腹痛や体液貯留の自覚、起立性低血圧などの訴えが増えます。無熱化のタイミングで症状が悪化しうるため、解熱=回復と誤解しないことが大切です。

警告徴候の出現時は、外来での安静・補液では不十分なことがあり、入院下での厳密なモニタリングが推奨されます。輸液は過不足ともに有害であるため、バイタル・尿量・ヘマトクリットの変化に応じた微調整が求められます。

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発生機序(病態生理)

デングショック症候群の中心は、血管透過性の急激な亢進による血漿漏出です。血漿が血管外へ移行することで循環血液量が低下し、相対的な血液濃縮(ヘマトクリット上昇)と低灌流が起こります。適切な補液がなければ進行性のショックと臓器不全に至ります。

免疫学的には、抗体依存性増強(ADE)が二次感染での重症化に関与すると考えられています。先行感染で誘導された非中和抗体が、異なる血清型のウイルス侵入を促進し、ウイルス量と炎症反応を増幅します。その結果、サイトカイン放出、補体系活性化、白血球活性化が進み、血管機能が障害されます。

ウイルス非構造タンパク質NS1は、内皮グリコカリックスを直接障害し、コンパートメントのバリア機能を破綻させることが示されています。実験研究では、NS1が内皮細胞接着分子や補体系を攪乱し、血管漏出を引き起こすことが報告されています。

加えて、宿主遺伝子多型(免疫受容体、HLA、炎症関連遺伝子)やウイルス側の株特性(血清型・系統)も血管透過性亢進の程度を規定します。これらの相互作用が重なり、臨床的な重症度の幅広いスペクトラムが生じます。

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危険因子(遺伝・環境)

二次感染(異なる血清型への再感染)は、ADEにより重症化リスクを高める主要因です。特に発熱後の臨界期に血漿漏出が急速に進むため、既往感染歴のある地域住民や長期滞在者は注意が必要です。

ウイルス側の要因として、特定の系統や血清型が重症化しやすいことが疫学的に示唆されています。高ウイルス量(ウイルス血症の高さ)も重症度と関連し、発症早期のウイルス動態が予後に影響します。

宿主側の因子には、年齢(小児で相対的に高リスク)、基礎疾患(慢性心疾患、糖尿病、妊娠)、栄養状態、そして遺伝的素因が含まれます。HLA型、Fc受容体、炎症関連遺伝子の多型が重症化と関連する報告がありますが、個人の予測に用いるには現時点で不十分です。

環境要因としては、蚊の密度や刺咬曝露、降雨や気温などの気候、都市化、医療へのアクセスが挙げられます。特に医療受診の遅れと不適切な輸液は転帰を悪化させるため、警告徴候出現時の早期受診が重要です。

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遺伝学的関連

ゲノムワイド関連解析では、MICBおよびPLCE1座位の多型がデングショック症候群の感受性に関連することが報告されています。これらは免疫調節や細胞内シグナリングに関わり、炎症応答や血管透過性に影響しうると考えられています。

さらに、Fcγ受容体(FCGR2A)の多型、HLAクラスI/IIアリル、TNF-αプロモーター多型、CD209(DC-SIGN)プロモーター変異などが重症化との関連で報告されています。ただし、民族集団により効果が異なることが多く、再現性にはばらつきがあります。

これらの遺伝学的所見は集団レベルのリスク理解に有用ですが、個人診療における予測力は限定的です。現時点で遺伝子検査に基づいてデングショックの発症確率を定量的に提示することは推奨されていません。

遺伝率(遺伝的要因が全体のばらつきに占める割合)を定量化した信頼できる推定は存在せず、環境・ウイルス・宿主免疫の相互作用が支配的であると理解されています。

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診断と検査

発症早期(発熱1–5日)には、血中NS1抗原検出やRT-PCRが有用で、デング感染の確定に役立ちます。回復期にはIgM/IgG抗体検査が補助的役割を果たします。臨床的重症度の評価には、連続的なヘマトクリット測定と血小板数の推移が不可欠です。

ショックの評価では、脈圧、心拍数、毛細血管再充満、尿量(目標0.5–1 mL/kg/時以上)を継時的に観察します。胸腹部エコーでの体液貯留(胸水・腹水)評価は、血漿漏出の把握に有用です。

重症例では、乳酸、肝腎機能、凝固系(PT/INR、フィブリノゲン、D-ダイマー)を含む臓器障害のモニタリングが必要です。出血が目立つ場合でも、デングではDICに伴う複雑な凝固異常があり、輸血は適応を慎重に判断します。

鑑別診断として、敗血症、レプトスピラ症、マラリア、チフス、リケッチア症、COVID-19などが挙げられます。渡航歴・曝露歴の聴取と、地域の流行状況に基づいた検査選択が重要です。

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治療と救命のポイント

デングショック症候群の治療は迅速で慎重な輸液療法が中心です。結晶液での段階的なボーラスと継続輸液により循環血液量を回復させ、ヘマトクリット・尿量・バイタルサインに応じて調整します。反応不良例ではコロイドの検討がなされます。

過剰輸液は呼吸不全や体液貯留を悪化させるため、最小限かつ十分な量のバランスが重要です。血圧が保てない場合は昇圧薬を併用し、集中治療環境での管理が望まれます。アセトアミノフェン以外のNSAIDsは出血リスクのため避けます。

重篤な出血がある場合は、赤血球、血小板、FFPなどの血液製剤を適応に応じて使用します。ただし、出血が軽微で血行動態が安定している場合にはルーチンの輸血は推奨されません。

現在、確立した特異的抗ウイルス薬はありません。早期認識と適切な輸液管理で致死率を大幅に低下できるため、ガイドラインに基づくプロトコル化が転帰改善の鍵です。

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予防(ベクター対策とワクチン)

予防の基本は蚊に刺されないことと、媒介蚊の発生源対策です。長袖衣類、忌避剤(DEET, ピカリジン等)、蚊帳やスクリーンの使用、日中活動するネッタイシマカ・ヒトスジシマカへの対策が重要です。屋外の溜水除去や容器の管理は地域全体で取り組む必要があります。

渡航者は流行地域での屋外活動時間帯や住環境に注意し、宿泊はエアコンや網戸のある施設を選びます。地域の保健当局が発する警報や情報に従い、症状出現時は早期に受診します。

ワクチンについては、CYD-TDV(Dengvaxia)は既感染者に限った使用が推奨されてきました。一方、TAK-003(Qdenga)は一部の国で承認され、WHOは高伝播地域の特定年齢層への使用を推奨していますが、各国の方針と適応に従う必要があります。

日本ではデングは土着化していないものの、輸入症例が毎年報告されます。流行地域への渡航者はベクター対策を徹底し、帰国後の発熱時はデングを念頭に医療機関を受診してください。

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疫学(世界・日本)

世界的には熱帯・亜熱帯地域でデング感染は増加傾向にあり、数億件規模の感染が推定されています。重症デング(ショックや重篤な出血)は全症例の一部にとどまりますが、医療資源が限られる地域では死亡の主要因となりえます。

重症度の分布は地域の血清型循環、集団免疫、媒介蚊密度、季節性に左右されます。都市化や気候変動に伴い伝播地域の拡大が懸念されています。適切な医療が受けられる環境では致死率は1%未満に抑えられることが多いとされています。

日本ではデングは届出対象感染症で、大半が海外渡航に関連した輸入症例です。2014年には国内感染の集団発生が報告されましたが、持続的な土着流行は確認されていません。ショック例は稀ですが、帰国後発症で重症化する例が散発的に報告されています。

統計上、年齢や性別による重症化傾向は地域・流行期により異なります。歴史的には小児で重症例が多い地域がありましたが、成人の重症化も珍しくありません。各国・各年の公衆衛生報告に基づいた最新データの確認が重要です。

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