シリカ誘発性塵肺症(珪肺症)
目次
定義と歴史
シリカ誘発性塵肺症(珪肺症)は、結晶シリカ粉じんを長期間吸入することで生じる不可逆性の線維性肺疾患です。鉱山、石工、鋳造、土木解体、人工石加工など、粉じんが発生する多様な職場で発症がみられます。臨床的には単純珪肺から進行性の大結節性病変(PMF)まで連続体を成し、労作時呼吸困難や慢性咳嗽を主体とします。
19世紀から鉱山労働者の呼吸器疾患として認識され、20世紀前半にX線診断が普及しました。国際労働機関(ILO)は胸部X線の国際分類を整備し、疫学調査や診断の標準化に寄与しました。日本でもじん肺法が制定され、健康管理と補償の枠組みが整えられてきました。
結晶シリカはIARCがGroup1のヒト発がん性物質に分類しており、珪肺症だけでなく肺がんや結核のリスク増加とも関連します。これは曝露管理の重要性を国際的に裏づけるエビデンスで、労働衛生上の基準強化につながっています。
現代では規制が進んだ国でも、人工大理石(エンジニアドストーン)関連のクラスター発生が相次ぎ、若年労働者の急速進行例が報告されています。新しい作業形態に合わせた対策の更新が求められています。
参考文献
- ILO Classification of Radiographs of Pneumoconioses
- IARC Monographs: Silica, Some Silicates, Coal Dust
病態生理
吸入された結晶シリカは肺胞に沈着し、マクロファージに貪食されます。鋭い結晶は細胞傷害を引き起こし、活性酸素の発生と細胞死を誘導します。破壊された細胞内容物はさらなる炎症のループを生み、慢性的な炎症が持続します。
シリカはNLRP3インフラマソームを活性化し、IL‑1βなどの炎症性サイトカインを産生させます。この経路が線維化に至る鍵であることが実験的に示され、抗炎症・抗線維化戦略の標的として注目されています。
持続炎症は線維芽細胞の活性化とコラーゲン沈着を促進し、珪肺結節と呼ばれる硝子様の結節を形成します。病変が融合するとPMFとなり、肺の弾性低下とガス交換障害が進行します。
合併症として結核や非結核性抗酸菌症の感受性上昇、慢性気道障害、肺高血圧などが知られます。喫煙や他粉じんとの混合曝露は機能低下を増悪させる可能性があります。
参考文献
- Silica crystals and the NLRP3 inflammasome (Nat Immunol)
- NIOSH Hazard Review: Health Effects of Occupational Exposure to Respirable Crystalline Silica
疫学
世界的には依然として数千万の労働者が結晶シリカに曝露しており、低中所得国で負担が大きいとされます。規制強化後も、石材加工や建設業でクラスターが報告されています。
先進国では古典的な鉱山・鋳造での発生は減少しましたが、乾式切削中心の人工石加工に関連する急性・加速型の症例が増加しています。若年男性の発症例が顕著です。
日本ではじん肺健康診断と労働衛生規制の普及で新規認定は長期的に減少傾向ですが、依然として建設解体や石材加工でのリスクは残ります。
性差は主に職業分布の違いに起因し男性に多く、潜伏期間は一般に10年以上ですが、高濃度曝露では数年で発症し得ます。
参考文献
診断と検査
診断の基盤は詳細な職業歴(作業内容、粉じん濃度、曝露年数)と胸部画像です。胸部X線はILO分類で評価し、必要に応じて高分解能CTで微細結節や合併症を確認します。
呼吸機能検査(スパイロメトリー、拡散能)で障害の程度を把握し、酸素飽和度や運動負荷で実生活への影響を評価します。
結核のスクリーニングは重要で、胸部画像の変化や症状が非典型な場合は喀痰培養や核酸増幅検査を追加します。
鑑別診断には石綿肺、サルコイドーシス、過敏性肺炎などが含まれ、曝露歴の整合性がカギとなります。
参考文献
予防と治療
最も重要なのは一次予防で、代替材の使用、湿式切削、局所排気換気、密閉化、HEPA集じん、作業手順の見直しが柱となります。個人用呼吸用保護具は工程管理を補完する手段です。
規制値の遵守(例:OSHAのPEL 50 μg/m³)と定期的な粉じん測定、労働者教育が不可欠です。暴露歴に応じた定期健診で早期発見を図ります。
治療は曝露中止と支持療法が中心で、気管支拡張薬、ワクチン、呼吸リハビリ、在宅酸素療法などを個別に組み合わせます。進行例では肺移植が検討されます。
抗線維化薬の有用性は研究段階で確立していません。結核併発への注意と禁煙支援も転帰改善に寄与します。
参考文献

