インフルエンザ感受性
目次
概要
インフルエンザ感受性とは、インフルエンザウイルスに感染しやすくなる、あるいは感染時に重症化しやすくなる個人差を指します。ここでいう感受性は一つの単一要因で決まるのではなく、宿主の免疫状態、既往のワクチン接種や既感染による免疫記憶、年齢や基礎疾患、生活環境、さらには遺伝的背景など多様な因子の相互作用の結果として表れます。
一般に、季節性インフルエンザは大多数の人では自然に軽快しますが、一部の人では肺炎や呼吸不全などの合併症を起こしやすくなります。妊娠、乳幼児期、高齢、慢性心肺疾患、免疫不全、肥満などは感受性を高める代表的な条件です。こうした条件は感染の成立と重症化の両方に影響します。
インフルエンザの流行規模は毎年変動し、ウイルスの系統や変異、人口の免疫状況、気象条件などが影響します。流行が大きい年には感染機会が増えるため、個々の感受性の差が目に見える形で現れやすくなります。逆に流行が小さい年には個人要因の影響が見えにくくなることがあります。
感受性は「疾患」名ではないため、特定の診断名や治療標準が存在するわけではありません。医療現場では、既知のリスク因子を持つ人に対して予防接種や早期受診の指導、抗ウイルス薬の早期投与など、リスク層別化に基づく介入が重視されます。
参考文献
発生機序
インフルエンザウイルスは主に飛沫や接触を介して上気道の上皮細胞に到達し、細胞表面のシアル酸受容体に結合して侵入します。この初期段階では、気道上皮の物理的バリアと粘液線毛クリアランスが重要な防御となります。乾燥環境や喫煙はこれらのバリア機能を損ない、ウイルスが定着しやすくなります。
ウイルス侵入後は、自然免疫が最初の防御線として働き、I型・III型インターフェロンの産生と、インターフェロン刺激遺伝子(ISGs)の誘導が感染拡大を抑えます。IFITM3やMX1、OAS群などの分子はウイルスの複製段階を直接阻害し、宿主感受性の個人差に寄与します。これらの分子の機能低下はウイルス増殖の抑え込みを難しくします。
続いて獲得免疫が動員され、B細胞による中和抗体と、T細胞による感染細胞の排除が進みます。過去の感染やワクチン接種で形成された免疫記憶は、感染成立の阻止や重症化の抑制に重要です。ただし抗原性のドリフトにより、既存抗体の保護効果はシーズンごとに変動します。
宿主要因として、加齢に伴う免疫機能の低下(免疫老化)、未熟な乳幼児の免疫系、妊娠に伴う生理的免疫調整、慢性疾患や栄養状態の影響などが複合的に関与します。これらは自然免疫と獲得免疫の双方の効率に影響し、感受性と病型を規定します。
参考文献
- Iwasaki & Pillai. Innate immunity to influenza
- Shaman & Kohn. Absolute humidity and seasonal onset of influenza
遺伝的要因
インフルエンザの感受性に関連する遺伝子として、IFITM3は最もよく研究されています。IFITM3はエンドソームでのウイルス融合を阻害する分子で、機能低下はウイルスの細胞内侵入を容易にします。rs12252-Cやrs34481144などの多型が重症化と関連することが一部集団で報告されていますが、人種や集団差が大きく再現性には限界もあります。
まれではありますが、IRF7やIRF9、TLR3経路の先天的欠損は、健常だった若年者における致死的インフルエンザ肺炎の原因として報告されています。これらはインターフェロン応答の極端な低下をもたらし、ウイルス制御を不能にしますが、極めて稀な体質異常であり、一般集団の感受性の大部分を説明するものではありません。
MX1(ヒトではMXA)やOAS1/2/3といったインターフェロン誘導分子の機能差も、ウイルス複製抑制能に影響します。ただし、これらの遺伝子多型の効果量は小さく、環境因子や既往免疫と相互作用しながらリスクを修飾することが多いと考えられています。
全体として、インフルエンザ感受性の「遺伝率」を集団レベルで精密に推定した研究は限られており、遺伝と環境の寄与割合を単一のパーセンテージで示すことは現時点では困難です。遺伝要因は個々のケースで重要となることがある一方、予防や曝露制御といった環境的介入の効果も大きいのが実情です。
参考文献
- Zhang et al. Interferon-induced transmembrane protein-3 genetic variant rs12252-C associated with severe influenza
- Ciancanelli et al. IRF7 deficiency in life-threatening influenza
- Everitt et al. IFITM3 restricts influenza morbidity in mice
環境的要因
曝露の頻度と量は感受性の発現に直結します。人混みや家庭・施設内での密接接触、換気不十分な屋内環境は、吸い込むウイルス量を増やし感染成立の確率を高めます。季節的には低温・低湿度でウイルスとエアロゾルの安定性が増し、伝播が促進されます。
宿主側の環境関連要因として、喫煙は気道上皮の線毛運動や粘液防御を損ない、感染と重症化リスクを高めます。大気汚染や職業曝露(粉じん、化学刺激)も気道の防御を弱める可能性があります。適切な睡眠や運動、栄養は防御機構の維持に有益です。
ワクチン接種歴は環境介入のなかでも最も効果的なものの一つです。シーズンごとのワクチン効果は株の適合度に左右されますが、重症化と入院の抑制に一貫した効果が示されています。家庭内での手指衛生、マスクの適切な使用、発症者の早期隔離は曝露量を下げる現実的な手段です。
基礎疾患(慢性心肺疾患、糖尿病、免疫抑制、肥満、妊娠など)は免疫応答や予備能に影響し、感受性と重症化リスクを同時に押し上げます。これらの背景がある人では、流行期の曝露回避、早期受診、抗ウイルス薬の早期投与が推奨されます。
参考文献
- CDC: People at Higher Risk of Flu Complications
- Arcavi & Benowitz. Cigarette smoking and infection
- Shaman & Kohn. Absolute humidity and seasonal onset of influenza
疫学・罹患率
季節性インフルエンザは世界で毎年流行し、成人の5–10%、小児の20–30%が感染すると推定されています。重症例は300万–500万例、関連死亡は年間29万–65万例と見積もられており、年によって大きく変動します。これらはワクチン接種率や流行株の特性の影響を受けます。
日本でも毎年インフルエンザ様疾患の定点サーベイランスが行われ、流行の規模やピークが評価されています。日本の罹患状況は年による差が大きく、学校や保育施設を中心に小児での流行が先行しやすい一方、高齢者施設での集団発生も問題となります。
年齢別には、小児で感染率が高く、重症化は高齢者や基礎疾患を持つ人で多い傾向があります。成人では社会・職場での接触が多い層で感染機会が増えますが、ワクチンや既感染による免疫がリスクを軽減します。
性差については、一般集団で大きな一方向の差は限定的ですが、妊娠中の女性では重症化リスクが高いことが確立しています。免疫応答の性差は存在し、年齢やホルモン環境により影響を受けることが知られています。
参考文献
- WHO: Influenza (Seasonal) Fact Sheet
- 国立感染症研究所: インフルエンザ関連情報
- Klein & Flanagan. Sex differences in immune responses
予防と早期発見
予防の柱はワクチン接種、手指衛生、換気、マスクの適切な使用、発症時の早期隔離です。ワクチンは感染そのものを完全には防げなくとも、重症化や入院の抑制に有効で、ハイリスク群では特に重要です。流行前の秋に接種を済ませ、毎年の更新を行うことが推奨されます。
いわゆる「感受性」を事前に同定する一般向けの承認検査は現時点で存在しません。重篤な感染歴や免疫不全が疑われる場合に限り、専門施設で遺伝学的検査が検討されることがありますが、広く推奨されるものではありません。
感染の早期確認には迅速抗原検査や核酸増幅検査(PCR等)が用いられ、発症48時間以内の診断は抗ウイルス薬の効果を最大化します。家庭内や施設内での二次感染を抑えるため、症状出現後は早期の受診と隔離、接触者の健康観察が有用です。
抗ウイルス薬(オセルタミビル、ザナミビル、ペラミビル、バロキサビルなど)は感染成立後の治療薬であり、感受性そのものを治すわけではありませんが、ハイリスク者では合併症の予防に寄与します。予防内服は特定状況で検討されますが、基本はワクチンと非薬物的対策です。
参考文献

