アルコール誘発性精神障害
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概要
アルコール誘発性精神障害とは、アルコールの急性中毒や離脱の生理学的作用によって直接引き起こされる精神症状の総称です。気分、認知、知覚、行動の変化が主で、多くは飲酒中または中止後まもなく発現し、一定期間の禁酒で軽快する傾向があります。
対象となる障害は広く、精神病性(幻覚・妄想)、抑うつ・不安、睡眠、性的機能、認知機能(せん妄や軽度の認知障害を含む)などが含まれます。診断では症状の時間的関係と、他の原因の除外が重視されます。
症状の可逆性は一般的ですが、重度の慢性飲酒では長期の神経毒性や栄養欠乏により、遷延や永続的な障害が残ることがあります。代表例としてせん妄、アルコール関連認知症、ウェルニッケ・コルサコフ症候群が挙げられます。
疫学的には、重度の飲酒者や反復離脱歴のある人でリスクが高く、身体合併症や他の精神疾患があると発症確率が上昇します。救急医療の現場では離脱せん妄や幻覚状態が重要な対応対象です。
参考文献
- Merck Manual Professional: Substance-/Medication-Induced Mental Disorders
- NIAAA Core Resource: Alcohol and the Brain (Neurobiology)
病態生理と症状
アルコールはGABA作動性抑制の増強とNMDA型グルタミン酸受容体の抑制を通じて急性期の鎮静・酩酊をもたらします。慢性曝露では逆方向の神経適応が進み、離脱時に過興奮が顕在化しやすくなります。
離脱期には振戦、不眠、不安、自律神経亢進が出現し、重症では幻視・錯覚、発熱、けいれんを伴う離脱せん妄に至ります。中毒期には気分の高揚、脱抑制、判断力低下、時に攻撃性が見られます。
精神病症状は、離脱時のドーパミン系賦活や睡眠遮断、感覚過敏により誘発されやすいと考えられています。幻覚はしばしば視覚優位で、統合失調症の幻聴主導型と臨床像が異なることがあります。
長期飲酒に伴うチアミン欠乏は、眼球運動障害・失調・意識障害を特徴とするウェルニッケ脳症を起こし、未治療ではコルサコフ健忘へ移行します。これは毒性と栄養障害の複合機序です。
参考文献
- Merck Manual Professional: Alcohol Toxicity and Withdrawal
- Merck Manual Professional: Wernicke Encephalopathy
診断と鑑別
診断はDSM-5/ICD-11の基準に基づき、症状が飲酒や離脱の最中、または直後に発現し、病態の直接的生理作用で説明できることを確認します。別の一次性障害ではないことが重要です。
鑑別として、統合失調症、双極性障害、重度うつ病、不安障害、せん妄の他原因(感染、代謝異常)が挙がります。発症年齢、既往、家族歴、経過、薬物検出が手掛かりです。
評価には、身体診察、血液検査(電解質、肝機能、B1)、尿毒物スクリーニング、必要に応じて頭部画像やEEGが用いられます。重症離脱の既往は再発リスクの重要な指標です。
自殺企図や暴力リスクの査定、同時に進行する外傷・感染・脱水の評価を並行します。安全確保と早期の支持療法が予後を左右します。
参考文献
- Merck Manual Professional: Substance-/Medication-Induced Mental Disorders
- WHO ICD-11 Browser (Substance-induced disorders)
危険因子・遺伝と環境
アルコール使用障害に関する双生児・家系研究では遺伝率が40~60%と推定され、誘発性精神障害の素因にも概ね同程度の影響が示唆されます。残りは環境要因が寄与します。
東アジアではALDH22(rs671)やADH1B2(rs1229984)が飲酒行動に強い影響を与えます。前者は不快反応を強めて重飲酒や依存のリスクを下げる一方、急性毒性は強まり得ます。
家庭内ストレス、幼少期逆境、飲酒機会の多さ、仲間圧、精神疾患の併存、睡眠不足などが発症の環境リスクです。反復離脱は神経適応を進め、症状の閾値を低下させます。
ゲノム解析ではADH1B/ALDH2に加え、GABRA2、KCNJ6、DRD2/ANKK1、OPRM1などが報告されています。これらは主に使用量や依存傾向を介してリスクに影響します。
参考文献
- Verhulst et al. The heritability of alcohol use disorders: meta-analysis (PubMed)
- NIAAA Core Resource: Genetics of Alcohol Use Disorder
治療と予後
急性期は禁酒と支持療法が基本です。中等度以上の離脱にはベンゾジアゼピンが第一選択で、けいれん既往やせん妄リスクがある場合は入院管理が望まれます。
幻覚や著しい興奮が強い場合に限り、抗精神病薬を低用量・短期間併用します。QT延長やけいれん閾値低下に注意し、電解質異常の是正を並行します。
慢性飲酒者ではチアミンを高用量で速やかに静注し、低栄養や電解質異常を補正します。回復期には断酒支援、心理社会的介入、抗酒薬や渇望低減薬の検討を進めます。
予後は断酒の維持と合併症管理に依存します。再飲酒は再発を招きやすく、家族・地域支援や睡眠衛生の改善が再発予防に有用です。早期介入が長期転帰を改善します。
参考文献

