アキレス腱炎
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概要
アキレス腱炎(近年はアキレス腱障害やアキレス腱症とも呼ばれます)は、ふくらはぎの腓腹筋・ヒラメ筋とかかと骨をつなぐアキレス腱に生じる痛みや機能低下を伴う状態を指します。炎症という語がつきますが、慢性期には組織の変性や治癒不全が主体で、いわゆる強い炎症細胞浸潤は目立たないことが多いのが特徴です。
解剖学的には、腱の中央部(中枢〜遠位1/3の「ミッドポーション」)に起こるタイプと、かかと骨付着部に生じる付着部炎(インサーショナル)に分けられ、痛みの部位や対応がやや異なります。前者はランニングや跳躍動作に関連しやすく、後者は硬い履物や骨棘などの機械刺激が関与することがあります。
発症はスポーツ愛好家に多い一方、活動量が少ない方でも、加齢や体重増加、代謝異常(高脂血症など)によってリスクが上がります。症状は徐々に始まることが多く、早期から適切に負荷を調整して運動療法を行うと、改善が見込めることが知られています。
診療では病歴と触診が基本で、必要に応じて超音波検査やMRIで腱の肥厚、低エコー域、血流増加、付着部の骨変化などを確認します。多くは保存療法で良好に経過しますが、難治例では体外衝撃波や手術が検討されます。
参考文献
- NHS - Achilles tendinopathy
- JOSPT Clinical Practice Guideline 2018 (Midportion Achilles Tendinopathy)
- AAOS OrthoInfo - Achilles Tendinitis
症状
最も一般的な症状は、アキレス腱の痛みとこわばりです。運動開始時や朝起床時のこわばりが強く、温まると軽減する一方、運動後に再び増悪することがよくあります。圧痛(押して痛い)部位は病変の位置に一致し、腫れや肥厚を触れることもあります。
中枢部(ミッドポーション)では腱の周径が太くなり、つま先立ちやランニングで痛みが出ます。付着部型ではかかと骨の直上に痛みが集中し、硬いシューズの縁で擦れると悪化します。階段昇降や坂道、ダッシュ・ジャンプなど高負荷動作で症状が増悪しやすいのが特徴です。
急性のパラテノン炎(腱周囲炎)では、動かすとギシギシする感覚(軋轢音)を感じることがあり、腱そのものの変性が主体の慢性腱症とは区別されます。腱断裂とは別の疾患ですが、長期の腱症があると断裂リスクはやや上がると考えられています。
重症度が進むと、安静時痛や日常生活での歩行・立位持続もつらくなります。早期に負荷管理と適切な運動療法を開始することが、慢性化や再発を防ぐうえで重要です。
参考文献
発生機序
現在広く受け入れられているのは「腱障害のコンティニュアム(連続体)モデル」で、腱にかかる機械的ストレスと回復のバランスが崩れ、「反応性腱」→「腱変性」へと段階的に進行すると説明されます。炎症というよりも、コラーゲン配列の乱れ、細胞外基質の変化、血管神経の侵入などが主体です。
過負荷(急激な運動量増加、傾斜走、硬い路面など)や不十分な回復、年齢に伴う腱の代謝低下が重なると、修復が追い付かずに微小損傷が蓄積します。これが痛み・機能低下を引き起こし、さらに運動パターンの変化で腱に不均等な負荷がかかる悪循環に入ります。
付着部型では、かかと骨の骨棘やハグルンド変形、アキレス腱下滑液包の刺激など局所の機械的要因が関与します。靴のカウンターの硬さ・形状も外的因子として無視できません。
微小血管(ネオバスキュラリゼーション)と伴走する神経線維の増加は痛みに関連すると考えられますが、因果関係は単純ではありません。画像所見の異常があっても無症状の人はおり、臨床症状と総合して評価する必要があります。
参考文献
- Cook JL, Purdam CR. Is tendon pathology a continuum? BJSM 2009
- Rees JD et al. Management of tendinopathy. Am J Sports Med 2009
診断
診断は病歴(発症のきっかけ、負荷の変化、朝のこわばり)と理学所見(圧痛、腫脹、アークサイン、ロイヤルロンドン病院テストなど)をもとに行います。腱断裂が疑われる場合はトンプソンテストや歩容の変化も確認します。
超音波検査はベッドサイドで行えるため有用で、腱の肥厚、低エコー域、石灰化、ドップラーでの血流増加を評価できます。付着部では骨の変化や滑液包炎の併発も観察します。MRIは鑑別や重症度評価に役立ちます。
血液検査は通常不要ですが、炎症性疾患や代謝性疾患が疑われる場合に追加されます。糖尿病、脂質異常症、関節炎の合併は治療計画に影響します。
重症度分類や患者報告アウトカム(VISA-Aスコアなど)を用いると、経過観察と治療効果判定に有用です。
参考文献
- JOSPT Clinical Practice Guideline 2018 (Midportion Achilles Tendinopathy)
- Robinson JM et al. The VISA-A questionnaire. AJSM 2001
治療
第一選択は保存療法で、活動量の調整と段階的な腱負荷トレーニングが中心です。特にエキセントリックトレーニングやヘビー・スロー・レジスタンス(HSR)はエビデンスがあり、12週間ほどの継続で痛みと機能の改善が期待できます。付着部型では底屈終末域の過度な伸張を避ける修正が必要です。
補助的にはヒールリフト、適切なフットウェア、アーチサポート、短期の鎮痛目的でNSAIDsや局所の物理療法が使われます。体外衝撃波療法(ESWT)は難治例で有効性が示され、ガイドラインでも選択肢となります。
注射療法のうち、腱内ステロイドは断裂リスクの観点から一般に推奨されません。PRP(多血小板血漿)については研究間で結果がまちまちで、標準治療とは言えません。高容量生理食塩水注射(パラテノン周囲)なども報告がありますが、適応は慎重に検討します。
保存療法に反応しない場合は、変性組織のデブリードマンや内視鏡手術などが選択されます。いずれも術後の漸進的リハビリが成否を大きく左右します。
参考文献

