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びまん性胃癌

目次

概要

びまん性胃癌は、胃がんの病理分類(Lauren分類)で「びまん型」に相当し、がん細胞が面として広がり、胃壁全体に浸潤していくのが特徴です。腫瘤をつくりやすい腸型(腫瘤形成型)と異なり、レントゲンや内視鏡でも早期には見つけにくく、進行すると胃壁が硬く縮む「スキルス(革袋胃)」の形態をとることがあります。

細胞レベルでは粘液を豊富に含む印環細胞癌がしばしば見られ、細胞間接着の破綻が背景にあると考えられています。胃の広範囲に散在性に広がるため、内視鏡でのランダム生検でも診断が難しいケースがあり、臨床的にも注意が必要です。

疫学的には、びまん型は若年者や女性に比較的多い傾向が報告され、家族性びまん性胃癌(HDGC)のように遺伝性の素因が関与する場合もあります。一方で、ヘリコバクター・ピロリ感染や喫煙、高塩分食といった環境因子も全体の胃がんリスクに影響します。

治療は、病期に応じて外科手術(D2郭清を伴う胃切除)や周術期化学療法、進行例では全身化学療法・分子標的薬・免疫療法が用いられます。びまん型は粘膜下浸潤が早く、内視鏡的切除の適応は腸型に比べて厳格に運用されます。

参考文献

発生機序

びまん性胃癌の中心的分子機構として、細胞間接着分子E-cadherinをコードするCDH1遺伝子の機能喪失が重要視されています。E-cadherinの低下・消失は細胞同士の結びつきを弱め、単離したがん細胞が粘膜下へ浸潤・散布しやすい状態を生みます。

体細胞レベルではRHOA遺伝子変異やCLDN18-ARHGAP融合など、びまん型に特徴的な異常が報告され、細胞骨格制御やタイトジャンクション機能の破綻を介して浸潤性が高まると考えられています。TCGA分類では「ゲノム安定(GS)」群として位置付けられ、染色体不安定性が低い一方でこれらのシグナル異常を伴います。

エピジェネティクスではCDH1プロモーターのメチル化による発現抑制も頻出し、遺伝子変異と相補的にE-cadherin機能の喪失に寄与します。間質反応や線維化が強いことも、びまん型の硬さ・収縮に関係します。

微小環境や炎症も発生・進展に関与し、ピロリ菌感染による慢性炎症は胃がんリスクを高めますが、びまん型では腸上皮化生を介さずに進展するケースが多い点が腸型と異なります。

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遺伝要因

遺伝性びまん性胃癌(HDGC)はCDH1の生殖細胞系列変異を主因とする症候群で、若年発症のびまん型や家族歴、女性では浸潤性小葉癌乳がんのリスク上昇を伴います。CTNNA1の病的変異もまれに関与します。

IGCLCのガイドラインでは、家系や個人の臨床基準を満たす場合に遺伝学的検査を推奨し、CDH1病的変異保有者には予防的胃全摘が選択肢として提示されます。内視鏡サーベイランスは微小病変の検出限界から過小評価のリスクが指摘されています。

浸透度(生涯罹患リスク)は報告に幅がありますが、CDH1病的変異保有者の胃がんリスクは男女とも高く、女性では乳がんの併発リスクも増します。家族ごとの発症年齢・表現型の違いも大きく、遺伝カウンセリングが不可欠です。

一方で、全胃がんのうちHDGCが占める割合は小さく、1–3%未満と推定されます。多くのびまん型は生殖細胞系列ではなく体細胞変化と環境要因の相互作用で発症します。

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環境要因

胃がん全般の主要な危険因子はヘリコバクター・ピロリ感染で、IARCは確立した発がん因子と分類しています。除菌により胃がんリスクが低下するエビデンスが日本からも示されています。

食習慣では高塩分・塩蔵食品、喫煙、過度の飲酒がリスクを高め、野菜果物の摂取は防御的に働く可能性があります。びまん型特異というより全体の胃がんリスクに関与します。

職業曝露や社会経済状況も関連が示唆されますが、個人のリスク評価ではピロリの有無、家族歴、生活習慣がより実用的指標です。

環境因子と遺伝的素因は相互作用し、同じピロリ感染でも宿主側の免疫遺伝子や粘膜応答の違いでリスクが変わり得ます。

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診断・治療

診断は内視鏡と生検が基本ですが、びまん型では粘膜下中心の微小病変が多く偽陰性が生じやすいため、多数箇所の生検や画像強調観察の併用が重要です。進行度評価にはCT、超音波内視鏡、腹腔鏡検査などが用いられます。

治療は病期と全身状態で決まり、治癒切除可能例では胃切除+D2郭清が標準です。周術期化学療法として欧州ではFLOT、アジアでは術後S-1やCapeOXなどが用いられます。

進行・再発例にはフッ化ピリミジン+プラチナ製剤を基本に、HER2陽性ならトラスツズマブ、二次治療でラムシルマブ、PD-L1高発現や既治療後に免疫チェックポイント阻害薬が選択肢になります。CLDN18.2標的薬も臨床試験で有効性が示されています。

HDGCのCDH1病的変異保有者では、予防的胃全摘が推奨される状況があり、時期の検討に専門チームの関与が望まれます。栄養管理と長期フォローが重要です。

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